汽車が美瑛駅のホームに入って来た。ドアが開き何人かの旅行者が降りてくる様子が駅前のロータリーに停めた車の中からもうかがえる。
車を降りた自分は、小さな駅舎の前に立ち、首を伸ばしながら待っていた。
そして、彼女は駅舎から出て来た。
彼女が7歳のとき以来の15年ぶりの再会である。
幼少の頃の面影が残っているというより、16年前に若くして亡くなった彼女の母が駅舎から出て来たのではないかと思うほどで、何が起こったのか分からないような感覚にみまわれた。
名前を呼ぼうとしたが、あまりの感動で声が出ない。
次の瞬間、彼女は「ごうさん!」と僕のことを呼んだ。15年前と変わらない呼び方で。

彼女とは、2026年1月2日付けのブログに登場する旭川市役所時代の家族ぐるみで付き合っていた同期入庁の友人の娘さんのことである。
自分に娘がいないこともあるためか、彼女に会うことをいつも楽しみにしていた。

突然、彼女の両親が相次いで亡くなったのは彼女が5歳になった頃だ。
その後、様々な事情で父方の祖父母と暮らすことになり、札幌に引っ越していった。
それ以降、会うことが叶わなくなった。※経過は2026年1月2日付けのブログ

昨年暮れ、偶然Instagramで彼女と繋がることができ、今回の再会となったのである。
小さな女の子は素敵な女性へと成長していた。
それにしても彼女のお母さんに似ている。容姿だけでなく仕草や服のセンスもそっくりである。くしゃみまで似ていた。
当初は2人で来ると言っていたが、昔話をしたいと一人でやって来た。

妻と3人で美瑛をドライブし、夜は市役所同期の仲間たちと旭川の居酒屋で昔話で盛り上がった。彼女を見たみんな驚いた『お母さんにそっくり』だと。
彼女はシュカブラに泊まり、翌日は家族で行った旭山動物園に行きたいとのリクエストで、猿やアザラシなどを見て回った。
妻に撮ってもらった彼女との2人の写真、実の息子と撮った写真には写っていないような情けないデレデレの表情をした自分が写っていた。

札幌に引っ越していった後、諦めていた成長した彼女に会うという夢が叶った2日間であった。
彼女には2つ下の弟がいる。今は大学を目指して勉強中、合格したころには弟も連れて2人で来てくれると思う。
弟はこちらも若くして亡くなった父親(こちらも市役所の同期)に似ているところが沢山あるんだろう。
小さかった彼は僕のことを全く覚えていないかもしれないが、僕は覚えている。3歳にして補助輪なしの自転車を乗り回していた元気な君を。

札幌行きのバスに乗る彼女を旭川駅まで送った。
彼女を乗せたバスを見送りたいという気持ちはあったが、ドラマ「北の国から」の黒板五郎が、孫が乗った汽車を線路上を涙を流しながら追いかけたように、バスを追いかけてしまいそうなので、車寄せで「さよなら」を言った。
「旭川に忘れた大事なものを取りに来ることができた」と言っていた彼女の顔は晴れていた。

彼女は来春から東京で働く。忙しい毎日がやって来ると思うが、ときどき思い出し、息抜きに来てほしい。
札幌から美瑛、東京から美瑛、時間的距離はそれほど変わらないから。