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About 櫻井剛

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娘との再会を待つ

あけましておめでとうございます。 だらだらと長い文章をいつもお読みいただきありがとうございます。 今日はおそらく今までで一番長いので、覚悟してお読みください。 昨年の暮れの出来事である。 もう会うことはないだろうと思っていた娘から連絡があったのだ。 「娘」いたの?と、うちの家族構成を知る人は不思議に思うだろう。そう、うちは妻と長男・次男の4人だ。 娘と言っても、本当の娘ではない、しかも自分が勝手に娘のように思っていただけである。 旭川市役所に勤務していた頃、同期の中で毎月誕生会をやるほどの仲の良い16人の友達がいた。年を重ねるにつれ、それぞれが結婚し子供ができ、会う回数は減っていったが、それでもときどき子供たちを連れて、大人数で旅行やキャンプ、バーベキューをして楽しんだ。 皆はグループを「ファミリー」と呼んでいた。 グループ内でもカップルができ結婚した人がいた(うちもそうであるが)。その中の1組、彼は「S」、彼女は「R」だ。彼らにも子供ができた。目がくりくりとしたとても可愛い女の子「M」、そして元気でパワフルな男の子「K」である。 グループの中でもこの家族とは、付き合いが濃かった。うちの家族と行動パターンが似ていて、ばったりと海やスーパーで会い、そのまま一緒に遊んだことがしばしばあった。 他人のことを悪く言うことはない穏やかなSと、料理が上手で何事にも真剣なR、元気な子供たち、いつも仲の良い家族であった。 ただ、そんな幸せそうな家族の暮らしは、長くは続かなかった。突然、Sが亡くなり、その半年後に、今度はRがこの世を去った。 子供たちは、まだ5歳と3歳、近くに住むR側の祖父母と暮らすようになった。時々、同年代のうちの子供やグループの家族と一緒に訪れ、2人を遊びに連れ出した。友達の皆が自分のことを「ごうさん」と呼ぶように、子供たちからも「ごうさん」と呼ばれ、自分も子供のように遊んだ。 そんなある日、また、悲しい知らせが届いた。一緒に暮らす祖母が事故で亡くなったという。祖父1人では2人を育てるのは難しい。7歳と5歳になっていた2人は札幌に住むS側の祖父母と暮らすことになり、旭川を離れて行ったのである。 離れた後も、2人に会いたいと札幌の家の前まで行ったが、旭川での辛い経験を思い起こさせるのではないかと、インターフォンを押すことが出来なかった。 Sの祖父母とは年賀状でやり取りがあり、その中で少しではあるが2人の成長を伺えた。 自分が美瑛で宿を開業した際(5年前)には、そのお知らせを葉書で送った。ほどなくして、Sの祖父から返事が手紙として届いた。そこには、Mは高校生、Kは中学生になり、勉学やスポーツに励んでいることが詳細に書かれており、これを何回も何回も読み返した。 札幌まで行って、インターフォンを押せなかったとき、もうこの子たちには会えない、会わない方が良いと思ったが、この手紙を読み、改めて自分が心配することではないと心に言い聞かせた。 時は流れ昨年の暮れのことある。Instagramの新しいフォロワーの中に見覚えのある名前があった。まさかと思ったが、その人の投稿を覗いてみると本人の顔も写っている。離れてから13年という年月が過ぎていたが、そこに写っていた顔は、そう、市役所に入りたての20歳の頃のRによく似た可愛らしい女性だった。 間違いないと思い彼女に恐る恐るDMで「もしかしてMか?」と送ると、「そうだよ」との答え。祖父母に送った開業お知らせをMも読んでくれていたらしく、テレビ番組で美瑛のことをやっていたのを見て思い出し、うちの宿を探してInstagramまで辿り着いたとのこと。彼女のInstagramの投稿を見ていると北海道大学に在学していることが窺えた。 「久しぶりに会いたいから、気が向いたら連絡して」と送ると、「今、就活中で落ち着いたら、彼氏とシュカブラに泊まりに行く」との返事。 『えっ、彼氏!』、なんだろうこの複雑な心境は、娘を持つ父親の感情みたいなものなのか。 息子に彼女ができたときは、何とも思わなかったというか、成長した息子のことを純粋に嬉しいと思ったが、何かその時と違う感情が湧いてきた。 そのまま「なにっ、彼氏!」とMに送ると、「あちゃっ!」みたいな絵文字が返ってきた。 元気に成長し、幸せそうな様子が伺えてとても嬉しい師走の出来事であった。 泊まりに来たときは、「ごうさん、ただいま!」と言ってくれることを願っている。 Mに会えた瞬間は、立派に成長した彼女に再会できた嬉しさと、亡くなったRが戻ってきたような複雑な感激を覚えるだろう。ハンカチ、いやタオルを用意しておかないといけない。 そして、一緒に来るという彼氏が、Sのように素晴らしい人なのか、Sの代わりに品定めすることにしよう(笑)

2026-01-02T14:42:04+09:002026.01.02|

師走

12月も半分終わった。 今年の12月は昨年に比べ、お客さんが少なく、ほぼ週末しか予約が入っていない。 だからと言って、やらなければならないことがないわけではない。 今シーズンは10月下旬から、降雪量が多く、積雪も例年の年末ほどの量があるため、除雪のためにトラクターを使う回数が多い。 「こんな広い土地の除雪は大変でしょ」とよく言われるが、トラクターは風雨や雪が当たらないキャビンが付いておりエアコンやオーディオも完備、快適空間で作業するため、大した疲労はない。ただ、雪を飛ばすためのスノーブロアという機械をトラクターの後ろに付けるため、除雪作業は基本的に後進しながら行う。このため、首を後ろによじりながらであるため、肩や首がこる。 年末と言えば大掃除である。大掃除といっても宿の掃除ではなく、自宅の掃除だ。 大して大きい家でもないが、2・3日で全てを終わらそうとすると、疲れるし一つひとつが雑になる傾向があるため、1日1部屋程度としている。ダイニング、クローゼット、リビング、食品庫、浴室、キッチン、脱衣所などなど、15程度に区切り所要時間と体力や他の用事を勘案し12月のカレンダーに予定を落とし込む。 今日は午後から一番手ごわく嫌いなキッチンを片付ける予定だ。あの換気扇というものは、もう少し汚れない(汚れを落としやすい)ものにならないものかと、毎年のように思う。また、汚れがひどくなるから、揚げ物はなるべく作らないようにしたいと毎年のように思うが、やはり、唐揚げやトンカツ作りを辞められない。 今年は珍しくクリスマスの予約も入っていない。時間に余裕があるので、久しぶりに丸鳥のローストチキンでも焼いてみようかと思う。綺麗に掃除したオーブンで。 それにしても、韓国人の冬の美瑛人気は収まらない。12月に入りクリスマスツリーの木の前の道はごった返している。通常のピークは1・2月だが、今時期からこんな調子だと、ピーク時が恐ろしい。この道は近隣住民の生活道路でスクールバスも通る。本当のところ今はここに行くのを控えてほしい。ネット上の写真にあるように静かに静かな雰囲気は全くない。300人以上の人だかりと拡声器で交通整理してくれている警備員さんの声、それに対し文句を言う一部の我儘な観光客。 行くなら暗くなってからが良い。人もほとんどいない。月が明るい日なら十分に気も見られるし、スマホで写真も撮れる。 近隣住民が非常に迷惑をしているため、日中に行くのはお勧めできない。 美瑛は何処を切り取っても綺麗だ。有名スポットを避け、ブラブラしながら自分だけのスポットを見つける大人の旅も悪くないと思う。

2025-12-17T22:55:12+09:002025.12.16|

お猫様

自宅では2匹の猫(ドラとゴン)を飼っている。 この猫たち、可愛い顔をしていながら、かなりの悪で、隙があれば悪戯をする。 寝室の布団カバーやシーツをかじったり、事務室を荒らしたり、人が食べるものを横取りしたりと、悪いことし放題である。 その防御策として、入ってはいけない部屋に柵状の扉を付けたり、進入禁止地帯に鼠返しならぬ猫返しを付けたり、料理中は料理をする人、出来たものを見張る人と手分けしたりと、気が気でない。 それでも、無類の猫好きな妻は「こら! ダメ!」と言いながら、楽しそうである。 自分は今日も柵を製作している。 いつもそうだが、新たに取り付ける柵などは、市販のものではない。 市販のものは部屋の雰囲気を壊すため、なるべく使いたくない。 室内と同じトーンのものを自作するのである。 また、猫の悪戯対策ごときに大した費用はかけられない。作る際は、基本的に廃材を使い、費用をかけても2千円程度に抑えるのである。 ほぼ廃材だけで作るとなると、かなりの工夫が必要だ。猫は跳躍力があり、低めの柵は飛び越えてしまう。また、頭が通る隙間なら狭いところでもするすると通り抜ける。爪を立ててボロボロにされる可能性がある。などなど、あらゆることを想定しながら、手元にある材料だけで作るのである。 製作している自分を見て妻が猫に言った。「お父ちゃんね、ドラちゃんとゴンちゃんのために作ってくれているんだよ」 自分は思う。『猫のためやなくて、猫のせいで作らざるを得ないんや。そして、俺は猫の父親やない(笑)』 工作するのは苦にならない。頭も手先も使うからボケ防止にもなる。 宿泊棟も年に2回・4月と11月にメンテナンスをするが、基本的には自分でやる。床の再塗装から、新たな棚などの製作など。 回を重ねる度、工作物の精度が上がるのは、ドラとゴンのおかげでもある。 少しお洒落な家でお猫様との暮らしは続く。

2025-11-29T16:34:57+09:002025.11.28|

冬の勧め

青い池は凍る。凍ってその上に雪が積もるから、冬は青い水面は見えない。 冬に美瑛に来ようとする方から、「雪景色の丘」や「青い池」を見たいと言われることがある。 「青い池は夜のライトアップしか楽しめないと思いますよ。昼間は真っ白ですから」と返すと、「えっ、何故ですか?」と、ほぼ全ての人がそういった反応だ。 「水ですからねぇ、毎日氷点下が続き、冷え込むときはマイナス20℃になりますからね。」と返す。 青い池の上流にある「白ひげの滝」は一部が凍っているものの、下を流れる美瑛川の青い水が見えて綺麗だ。そもそも、青い池は、十勝岳が噴火した際に美瑛川に沿って流れてくる泥流を食い止めるために築かれた堰堤に偶然に川の水が溜まったもの。堰堤は、泥流から農地や街を守るためのものだ。 冬の日中は短い。 年末年始あたりにシュカブラに1泊して、宿からの夕景が見たいと聞かれることがよくある。 「冬至の頃は日没が15:30頃で、チェックインできるのは16:00からですから、1泊ではシュカブラからの夕景は厳しいですねぇ。天気に恵まれれば、朝は少し遅めに起きても朝焼けが見られると思いますよ。日の出が7:30頃ですので。特に冬は、日中が短いので連泊がお勧めですよ。」と返す。 夏至の頃は、日の入りが19:00頃、日の出が4:00頃と、高緯度であるため季節による差が大きい。 東京や大阪は北緯35°ぐらい、美瑛が北緯43°ぐらい、地球は太陽の周りを公転していが、その公転面に対して、23.4°地軸の傾きがあるため、緯度が高くなればなるほど、季節による差が大きい、というか、その傾きが季節を作り出しているということである。 北緯66.6°以上の北極圏に行けば、その差が歴然となり、白夜や極夜という現象がみられる。そういうこと。 でも冬が大好きだ。真っ白な丘は最高に美しい。快晴の満月の夜に、月明かりで見る雪原も幻想的だ。 美瑛は「丘のまち」と呼ばれ、その景観が独特で有名だ。 明治時代に様々な事情により内地から渡ってきた人々が、この地で生きていくために森の木を伐り、伐根して農地へと変えていった。 冬、その広大な農地には雪が積もり真っ白な丘になるのである。森のままでは、そうはならない。夏のパッチワークのような模様もそうであるが、冬の雪原も農業という人の営みから生まれた風景である。 冬は野菜が採れない。 2月に美瑛に行って、北海道産の美味しい野菜が食べたいと聞かれることがある。 「ジャガイモと玉葱がメインですね」と返す。 ほうれん草など1月中旬までハウス栽培している一部の野菜はあるが、基本的には冬は野菜が採れない。寒さと雪で作物は育たない。 葉物やトマトは採れないが、ジャガイモが最高においしい。8月の新ジャガは、ホクホクしているが、夏や秋に収穫し冬の間に寝かされ熟成したジャガイモの甘さは格別だ。 ジャガイモと玉葱ときたら、人参と肉を足して、必然とメニュー決まる。 暗くなる17時頃から、宿でのんびりとスローペースで料理するのも悪くない。 美瑛はリゾート地ではない。農業を基幹産業とする町である。 人々が日常を送る町。 この地の風土を感じながら、暮らすように泊まってほしい。

2025-11-07T18:50:32+09:002025.11.07|

刺激的な東京出張

先週末、2年ぶりに飛行機に乗った。 東京で開催された北海道移住交流フェアに美瑛町がブースを構え、そこに役場職員とともに参加した。自分の役目としては、三重県からの移住者である体験を、移住を検討している人や移住に興味を持っている人たちに話すことであった。 近年、「移住」という言葉を耳にする機会が増えたが、移住とは明確な定義がない。 時々、「私は〇〇から移住しました」という話を聞くことがあるが、よくよく状況を聞くと、『それはただの引っ越しでしょ」と感じてしまうことも少なくない。 例えば、美瑛町でいうと、隣町の東神楽町や旭川市から転居してきた方が、「移住してきた」と言うことがある。内容を聞くと職は変わらず、ただ単にマイホームを美瑛町内に建てたり、アパートを町内に借りたり、町内の企業に就職したり、町内の人と結婚したりで、ただ、自治体の境界線を跨いだだけであることも多い。 自分の感覚としては、それは「引越し」である。 「移住」とは、これまでの生活スタイルを大きく変えようと考え、変化させるための項目の一つとして、自らの意思で風土の違った場所に移り住むことだと思うのである。 移住を検討している人は、現状に満足が得られず、何かの変化を求めているのであると思う。 今回の移住相談対応で感じたことは、役場の職員が説明する移住に関する支援制度の説明も大切であるが、その前に、その人の置かれた状況とどのような変化を求めているかを聞き取り、可能な範囲でそれを分析し、そのうえで、その人に合ったアドバイスをすることが重要であると思う。 ただ、分析をするには道産子(北海道で生まれ育った人)とは違った、相談者と近い感性を持っていなければならないと思う。そのためにも、道外から移住した自分たちのような人間が、役場の職員と一緒にフェアに参加することで、より相手の立場に立った寄り添った対応をすることが可能になるのではないかと思う。 今回、自分がフェアに参加することをInstagramに投稿した。これまでにも、移住に興味を持っている何組かの方がシュカブラに泊まられ、その中にはいつも投稿を閲覧してくれている方もいるからだ。そんな方が来場してくれると嬉しいなと思っていたところ、昨年、シュカブラを利用された女性が来てくれた。 彼女に「あら、移住を検討中?」と聞くと、「櫻井さんに会いたくて」と言われた。役場の職員も隣にいる中で、ストレートに「会いたくて」と言われたことが、顔から火が出るほど照れくさく、思わず少しはぐらかしてしまったが、とても嬉しかった。 移住相談の場であるためフェアが終わった後、連れて行ってくれたおでん屋さんで近況などをお話しした。短い時間ではあったが、自分にとってはとても楽しい時間であった。 お酒が入って、調子に乗っていつものように一方的に喋ってしまって、少し失礼なことを言ってしまったかもしれないが。 シュカブラは、貸別荘のようなスタイルの宿である。ただ、建物やインテリア、庭をはじめ全ての「物」や、清掃や草刈り・除雪などの「事」に自分たちの魂を吹き込むようにしている、というかしてしまう。 それを深く感じてくれた人は、宿泊客とオーナーという関係を超えて、友人のような存在になる場合もある。 仕事とは、想いを形に変えて相手に伝えること。いかに共感を得られるかだと思う。 それが、自分の拘り。 それにしても、2泊した上野駅前は治安の悪い所だった。 深夜でも頻繁にパトカーと救急車のサイレンの音が聞こえ、朝食がてら散歩した駅前の歩道には、二日とも流血の痕跡があった。 最後の日に、上野公園のベンチに腰かけていると、おじさんが寄ってきて、「今日、仕事あるよ」と声をかけられた。 東京に来るからいつもより少しお洒落にしてきたつもりだったが、普段の作業着のような服装と変わらないような格好に見え、また、持っていた安っぽいスーツケースが、リストラされたホームレスのおじさんに見えたのかもしれない。 「足が不自由ですけど、宿を廃業したら使ってください」と言っておいた。 旭川空港に降り立ち、迎えに来てくれた妻に出来事を話したが、あまりに数多い刺激的な出来事に話が止まらず、自宅に戻ってからも、料理や洗濯をする妻の後ろを付きまとい話続け、翌朝からもネタが収まらなかった。 妻の顔には「いい加減静かにしろ、鬱陶しい」と書いてあるように見えた。

2025-10-21T20:00:00+09:002025.10.21|

動植物たち

昨日、庭木を切った。 切ったといっても、剪定などのレベルではない。 直径約50cmの白樺の大木だ。 シュカブラの敷地内には、3本の白樺の大木が立っていた。 そのうちの一本が弱って枯れてきており、倒木の危険性があったため、以前から秋になったら切ろうと思っていたのだ。 切り倒し、枝を掃い、幹を玉切りし、保管場所に移動する工程を2時間程度と見積もっていたが、4時間過ぎても終わらなかった。 倒す方向を誤ると家が潰れたり、通路を塞いだり、自分が下敷きになったりと大変なことになるため、風向きや切込みを入れる角度を計算し、太い幹にチェーンソーの刃を入れた。 白樺は成長が早く柔らかい木であるため、すいすいと刃が進む。5分程度で切込みが完了し、次に切り込み口にくさびを2つ入れハンマーで叩くと木が傾き始めた 白樺が倒れる瞬間のミシミシメキメキという音は、まるで「よくも切ったな」という木の叫び声のようにも聞こえた。 概ね順調に切り倒すことができたのだが、枝掃いや玉切りには予想以上に時間がかかり、足元がふらついていたため、昨日は作業を途中でやめた。 この白樺は、この土地に住み始めた8年前には既に大木として存在していた。 この土地を譲ってくれた地主さんからは、樹齢50年にはなるだろうと聞いていた。 美瑛に限らず北海道内では白樺を沢山見かけるが、その多くは植えられたものではなく、種が飛び自然に生えてきたものだ。 50年の年月が育てたものは、人間一人の手で、2時間そこそこで処理できるものではないと、人間のちっぽけさを感じながらの作業であった。 今日も午後から続きの作業を行う。 幹は薪に、綺麗な枝はキーホルダーにしようと思う。枝を輪切りにし、少し磨いただけのキーホルダーだが、時々「かわいい」と言ってくれる人がいる。 8年間ではあったが、この木と一緒に生活できたことを幸せに思う。 一昨日、雪虫が飛んでいた。以前にも書いたが、雪虫とはアブラムシの仲間で、胴体は真っ白な毛で覆われている。 雪虫が飛ぶと、1週間から10日後には平地でも初雪が降ると言われている。 まだ、雪が降るほど寒くはないが、晴れた日の日の出前は5℃程度と冷え込んできた。 と思って天気予報を見たら、来週から急激に気温が下がってくるようだ。 流石、雪虫である。 いよいよシュカブラの季節がやってくる。

2025-10-03T08:30:29+09:002025.10.03|

半世紀の時空を超えて

小学3年生の4月、期待と少しの不安を感じながら、新しいクラスの教室に入り席に着いた。 隣を見ると可愛らしく利発そうな女の子が座っていた。 今でこそ、初対面の相手にも自ら話しかけることが多いが、このころは人見知りが強く、自分から話しかけることなどない性格。 クラスも変わり知っている友達も少ないなか少し緊張していたが、隣にこんな子が座っているとさらに緊張が高まった。 隣の席だということもあり、間もなく話始め、休み時間や放課後もグループで遊んだりするようになったのであるが、思った通り彼女は勉強もでき運動もできる、所謂クラスのマドンナ的存在だった。 4年生の1学期が終わり、僕が引っ越しで同じ四日市市内の別の学校に転校したため、会うことはなかった。 時は流れ、僕は市内の高校に進学。引っ越し前に住んでいた地区の何人かの懐かしい顔を入学式で見かけた。 その中にいた、あのクラスのマドンナが。 入学時は別のクラスだったが、2年生の時に一緒のクラスになった。このクラスは男女の仲が良かったが、彼女とは小学生の時ほど特に仲が良いというわけではなく、それほど話もしなかった。 卒業後も数年ごとに行われる同窓会で見かけ挨拶をする程度であった。 高校卒業30年を記念して開催された大規模な同窓会を機に、高校2年のクラスメートでグループLINEが開設され、みんなの近況などが書き込まれるなか、大企業を早期退職した彼女が、今から1年半前にお菓子屋さんを始めたことを知った。 僕が宿を始めた3年後ぐらいのことである。 同じ自営業ということもあり、Instagramで繋がり、それぞれの投稿を覗くようになった。 2ケ月程前、スーパーで買い物をしていると、スマホのメール着信お知らせがなった。予約確認メールである。 画面を覗くと見覚えのある名前、そう彼女の名であった。なんの前触れもなくの予約だったため、驚きのあまり、お店の中であるにもかかわらず、「ワオ!」と声をあげてしまった。 これまでに、何人かの友人が泊まりに来てくれたことはあるが、幼い頃を知られている人が来るのは初めてで、嬉しく思うと同時に、照れくさい気分で2ケ月を過ごした。 一昨日、旦那さんと訪れた彼女を、僕は妻と一緒に迎えた。 4人でシュカブラの庭から最高の夕焼けを堪能し、思い出や移住、自営業のことなどを話した。(※写真は、彼女と旦那さん) 新しい発見があった。 彼女は「隣の席になったのは、誕生日が近く、男女別の出席番号が同じだったから」「小学生の時の櫻井君は可愛かった」と言ったが、旦那さんが、「高校で再会したときは?」と聞くと、「再会した時の櫻井君はおじさんになっていてびっくりした」と青い池サイダーしか飲んでいないのに、酔っぱらっているのかと思ってしまうようなことを口にした。 高校生におじさんはないだろう(笑) まあ、お互いもう55歳だから、今は間違いなく「いいおじさん、いいおばさん」である。 どちらかというと、2日間で旦那さんとの方が、沢山会話したような気がする。 昨日、2人は帰っていった。 小学3年生で僕の隣の席に座っていた女の子。まさか、僕がこの北の大地で宿をやり、そこに彼女とその旦那さんが泊まりに来てくれ、それを妻と一緒に迎えることになるなんて、半世紀前の自分にはそんな想像を微塵も出来なかったのは、当然のこと。 まるで時空を超えたような不思議な気分の楽しい楽しい2日間であった。 もし、彼女がこのブログを読んだら、「櫻井君、文法上、ここの表現が少しおかしいよ」と言ってくるのかなぁ。

2025-09-11T16:12:33+09:002025.09.11|

季節の変わり目

外は物凄い雷鳴と豪雨である。 一か月ぶりのブログを書こうとしているが、停電でパソコンの電源が落ちると、書いたものが水の泡になる可能性もあるが書き進むこととする。 もう、美瑛は夏の終わり季節の変わり目で、日の出直前には12℃程度になることもある。 しかし、年々、気温の上昇を感じるようになっており、今年も最高気温は35℃に達した。 美瑛は内陸にあるため寒暖の差が激しく、真夏の日中は北海道内でも高めの気温になるのであるが、三重県四日市から美瑛の隣町・旭川に移住した25年前は、暑い日でも30℃程度までの上昇であった。 気温だけではない。これまで、この付近で聞くセミの声と言えば、エゾヒグラシだけであったが、2年程前からツクツクホウシ、先日はミンミンゼミが鳴いているのを聞き、妻に「ミンミンゼミが鳴いている」と報告してしまったほどだ。 道産子だったら聞いたことのない鳴き声に、何の虫が鳴いているのかと思うのではないだろうか。 明らかに虫の生息域も変化していることを肌で感じるのである。 8月上旬から昨日まで、札幌の大学に進学している長男が帰省していた。4月から4か月で8㎏も痩せていたが、少し大人になったように感じた。 特に何を話すということもないが、好物の唐揚げ、味噌カツ、お好み焼き、海鮮丼などなど沢山食べさせ2㎏増量させた。 旭川駅から学割乗車券を買い、普通列車に乗りこむ長男に「ちゃんと食べろよ」と言って見送ったが、ホームから遠ざかっていく列車のライトが滲んで見えた。 自分を見た妻と次男は呆れた様子だった。 来週からは、山形へ合宿で運転免許を取り行くらしい。 宿の前のそば畑も、小さな白い花の満開の時期は過ぎ、黒いソバの実ができ始めている。 来月初旬には刈り取り作業が行われ、そばの朱色の茎が残り、夕日に映える絨毯のようになる。 宿から車で5分のソバ農家さんが経営する民家を改築したソバ屋では、新そばが食べられる時期になる。 夏はもう終わり、来月下旬には一度は氷点下になる朝があるだろう。 大好きな秋冬がやってくる。 楽しみである。 雷鳴も止み、丘を漂う雲を朝日が照らしている。

2025-08-21T20:41:14+09:002025.08.21|

農業の町、美瑛

美瑛はリゾート地ではない、農業の町だ。 例年、7月20日頃から刈り取りが始まる小麦だが、今年は5日ほど早く始まった。巨大なコンバインが丘の小麦畑をゆっくりと走り、バリカンをかけるように綺麗に刈り取っていく光景があちらこちらで見かけられる。 コンバインは農地から農地への移動で一般車両が通行できる道路も走行するのであるが、その巨大さから両側の車線を塞ぐほどであるため、前後にライトバンが付き一般車両に注意喚起するのである。 真横を通るコンバインはいつ見ても恐ろしいほど大きく恰好良いものである。 最近、夕方に撮影がてらドライブする日が多い。 早朝に撮影することが好きだが、日の出は4時頃であり写真を撮るためには3時には起きる必要がある。辛くて目が覚めないため、どうしても夕方にウロウロすることになる。 このドライブ中に気になることがある。 全国的にはインバウンドの急増で、観光地ではオーバーツーリズムの問題が発生しており、美瑛でも外国人による農地などの私有地への立ち入りが問題となっていた。 確かに今でもそのようなことはあるが、最近の傾向として、そういった行為をする日本人が増えているように感じる。 ドライブ中にそういった人たちを見かけると、私有地に入らないように声をかけるのであるが、声をかけた人のほとんどが日本人である。 美瑛に来る観光客のうち9割が外国人、日本人は1割しかいないが、その少ない日本人の方がマナー違反が多いとはどういうことなのか。 また、外国人は習慣の違いなどから駄目なこととは知らず立ち入ってしまうことが多いようであるが、日本人は分かっていて入る人が多いばかりか、声をかけると逆切れされることもある。 昨日も2時間ぐらい撮影しながらドライブしたが、農地への立ち入りを10人ぐらい見かけ、この全てが日本人だった。 このようなことが続けば農家さんをはじめ地元住民に迷惑が掛かり、素晴らしい景観を楽しみに来ている善良な観光客も残念な思いをする。 もう一度言う。美瑛はリゾート地ではない。農家さんを中心とする農業の町である。 美瑛独特の素晴らしい景観は、観光のために作られたものではなく、明治以降の入植者たちが生きていくために苦労して開拓した農地である。 この土地に来て「農」を感じ、その歴史を理解してほしい。

2025-07-21T22:17:10+09:002025.07.21|

国際交流

先日、アメリカ人とドライブをした。 シュカブラは、海外向けに宣伝活動をしていないため、インバウンドのお客さんは全体のうちの5%程度だ。 時々、ヨーロッパ向けの旅行代理店の紹介やインスタ等で見つけて、来てくれる人がいる。 一緒にドライブをしたアメリカ人のカップルもそのような人であった。 2泊3日で利用されたのであるが、チェックイン時に「明日の予定は」と聞くと、ファーム富田や青い池などの有名観光スポット巡る予定で、これからタクシーを手配してくれないかとの要望があった。 『あちゃー! そう来たか』 彼らは、レンタカーではなくタクシーでシュカブラまで来たから、明日は観光タクシーなどの予約をしてあるのだろうと思って、念のため聞いたつもりであったが、『そう来たか!』である。 なぜ、そんな反応をしたか、それは、この時期の美瑛・富良野は観光のトップシーズンで、おまけに美瑛には小さなタクシー会社が1つしかないため、予約でいっぱいなのである。 一か八かタクシー会社に1日キープできる車がないか確認したが、案の定、断られた。 『さあ、どうしよう』 一番のネックは、お互いの国の言葉が理解できなく、その都度、翻訳アプリを使う必要があるということ。 美瑛は田舎であるため、公共交通機関もあまり走っておらず、困り果てていた彼らに、「言葉は通じないが、一緒にドライブしよう」「連泊の方には、いつも無料でやっている丘案内があるから」と持ち掛け、遠慮していたが、二度押して承諾を得た。 翌朝になり、言葉が通じなく何かハプニングが起こるのではという半ば楽しみを感じながら出発した。 通常、日本人であれば、有名観光スポットなどを巡らず(有名スポット巡りは受けない)、観光客があまり行かない(地元民しか行かない)ところを案内するのであるが、言葉が通じないというハンディがあるため、とりあえず彼らが行きたいところを周った。 特に期待したようなハプニングも起きず、有名どころを周り、混雑していたこともあり、彼らは少し疲れた様子だった。 スーパーで一緒にそれぞれの夕食の買い物をして、シュカブラへの帰り道にリクエストになかった観光客に知られていない絶景スポットに立ち寄った。 するとこれまでの有名スポットに行った時とは違ったとても興奮した様子で、「ワオ!!」と言いながら、写真を撮りまくっていた。 アメリカ人は壮大な風景などいつも見ているだろうからどうかなと、半信半疑で連れて行ったが、反応は日本人と一緒だった。 言葉が通じなくても、こちらの思いが伝わった6時間のドライブを感動の表情で締めくくった。

2025-07-01T19:52:22+09:002025.07.01|
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