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About 櫻井剛

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So far 櫻井剛 has created 179 blog entries.

日の出・日の入

ここ数日で急に秋になったような気候だ。 それを感じるのは気温の低下でもあるが、草の伸び方や草刈りの回数が減ったことによるものが大きい。 シュカブラの庭は建物がある部分を含め1,800坪(6,400㎡)あるため、6月下旬からは、ほぼ毎日、どこかの部分を草刈りする状況であるが、その回数が減って来た。 美瑛・富良野というと、ベストシーズンは夏だという人が多い。AIに聞いてもそう答える。 自分の感覚はそうではない。どの季節も素晴らしい景色が楽しめるのだが、これからの季節が最も好きだ。 この拙いブログを初回から隅々まで読んでくれている方もいて、秋冬の素晴らしさを書くと、また同じことを書いていると思われるかもしれないが、あえて書くのには理由がある。 一言でいうと、やはり『秋冬は最も素晴らしい景色が楽しめる季節』だからだ。 朝霧、雲海、紅葉、星空、雪、ダイヤモンドダスト、サンピラー、まだまだ沢山ある。 そして何より、夏より観光客が少なく静かだ。 ただ、秋冬旅行を検討する際に注意したいことがある。 自分は全国47都道府県すべてを周り、その殆どを行き当たりばったりで、その時々に出会ったものを、そのまま感じ取ればよいとしてきた。 しかし、多くの人が、誰かと旅行する、記念日や新婚旅行、忙しい日々の僅かな時間を使って、これを見たい、あれを食べたいと計画しての旅行だと思う。 その際には、是非、日の出・日の入の時刻ぐらいは把握しておいた方が良い。 何故なら、特に北海道は緯度が高いため、季節により昼夜の長さの変動幅が大きい。 参考までに美瑛(シュカブラ)の日の出・日の入時刻を書くが、このような感じである。 【日の入、日の出時間の参考】※概ねの数値 春分の日(3/20)の頃 日の入:17:25 日の出:5:50 夏至(6/20)の頃   日の入:19:05 日の出:4:00 秋分の日(9/20)の頃 日の入:17:15 日の出:5:30 冬至(12/20)の頃   日の入:15:35 日の出:7:25 シュカブラのインスタグラムを見て、宿からこんな夕景を見たいと予約してくださる方もいるが、特に晩秋から冬はチェックイン開始時刻の16:00には暗いということもある。 シュカブラは、季節を問わず、美瑛で、そして宿でゆっくりと景色を眺めながら、落ち着いた大人の時間を過ごしたいという方が多く、2・3泊の方が半数以上を占める。 特にこれからの季節は、日中が短く明るい時間帯を宿でゆっくり過ごすためには、そのような連泊スタイルがお勧めだし、連泊でないと宿からの夕景は見られない。 初冬の少しの雪でも庭に綺麗に積もるよう、今は草を短く刈り込むタイミングを計っている。 それと同時に暑い時期にさぼった薪割の続き、そして、トラクターや車のオイル交換や除雪機等の機器の整備、宿泊棟内のメンテナンスなど冬に向けた準備の手順を、隣で何も考えないで寝ている猫を横目で見ながら思案している。

2026-09-03T10:07:00+09:002026.09.03|

都会の新鮮さ

7月末から3泊で東京に行っていた。 新宿近くの新大久保に宿をとり、都内やその近郊を巡った。 恐れていた暑さや湿気は、想像をはるかに下回った。 確かに、自分が本州に住んでいた頃より気温は高いが、外を歩いていて倒れることはない。 テレビなどの報道を見ていると、外を歩けないほどの暑さのように感じていたが、それほどでもなく、また、外を歩いている人もあまりいないのではと思っていたが、うじゃうじゃ人がいた。 暑さのことに限らず、視聴者の興味を惹くように報道が過熱し偏っているような気がすることもある。 誤った報道や偏った報道をすることをよく目にするし、役所に勤めている時代に、何度誤った報道をされたことか。 報道は鵜呑みにすべきでなく、ちゃんと自分の目や耳や肌で確かめるべきであると、今回改めて感じた。 東京に行く前には暑さを凌ぐため、かき氷屋さんを梯子しようと思っていたが、結局、一軒も行かなかった。 それほど混んでいないだろうと思って行った国立科学博物館であるが、夏休み中のしかも土曜日であったため、家族連れが沢山で、館内は人だらけ。疲れた。 若い頃にも、しばしば科学館などには行くことがあったが、見かけたのは家族連れやカップル。今回、よく目にしたのは若い女性同士である。高校生や大学生と思われる女の子2人組が何組もいた。所謂、「リケジョ」というやつかな。展示物の中には北海道に関するものもあり、それを見ながら間違えた解釈をしている子もいたので、「それは、違う」と言いかけたが、捨て置いた。今の時代、下手に声をかけると「変なおじさん」扱いで通報されるし。 それにしても泊まった新大久保という街は、不思議なところだった。一つの路地に一般的なホテル、ラブホテル、飲食店、アパート・マンション、一軒家、専門学校、鍼灸院などがぎちぎちに詰まっていた。 ラブホテルの隣に住んでいるとは、どんな感じなのだろう。慣れるものなのだろうか。 4月に東京に行ったときも全く同じ光景を目にしたが、飲み屋街の細い路地を走るドブネズミ。それを見て「ハムスターがこんなところにいる」という若い女の子。サンダルから見えている指を齧られるぞ。 ああ、都会は発見が多く新鮮だ。

2026-08-11T09:43:00+09:002026.08.11|

晴でも、雨でも、曇でも

「北海道には梅雨がないはずだよね。なんで、来週からの北海道旅行の期間中の週間予報が雨や曇りばかりなんだろう。残念・・・」みたいなSNS上の投稿を見かけることが多い。 北海道にも梅雨はある。正確に言うと『蝦夷梅雨』と呼ばれるものが。本州以南の本格的な梅雨ほどではないが、雨の多い日が続くことがある。時期的には本州の梅雨が明ける頃から2週間程度である。 南の暖かい太平洋高気圧と北の冷たいオホーツク海高気圧に挟まれたところに前線が発生する。これが梅雨前線であるが、太平洋高気圧が勢力を増してくると梅雨前線を北に押し上げ、本州は梅雨が明ける。当然、押し上げられた前線は北海道にやって来る。これが蝦夷梅雨だ。 北海道の夏は、本州以南ほどではないが、春や秋に比べて湿度は高めで雲も多く、ときどき北から入る寒気で天気が急変し、突然の雷雨がある。 この雷雨の後も楽しみの一つだ。雷雨の後には虹がよく発生する。シュカブラのように小高い所にいると、雲の流れや天気の変化が手に取るように分かり楽しい。 自分はどのような天気でも、その時々の楽しみ方ができると思っているが、あえて言うと分厚い黒い雲が空に沢山浮かんでいるような天気が好きである。 北海道に来る人の多くが、「自然が好き」という。そして、「晴れた清々しい天気が見たい、雨は降らないで」という。 僕は思う「雨があるから森があり、農作物が育ち、動物や人間が生きていける」、これが自然である。 自分がInstagramやHPに掲載している写真をよくよく見てもらえば分かると思うが、半分以上は晴れた日のものではない。 写真を見て「綺麗だな」と思うと、それが晴れている日だと思い込んでしまっている人が多いようだ。 どちらかというと、ピーカンに晴れた日はのっぺりとした写真になることが多い。 雨や曇りの日の一瞬の陽の光や隙間から見える青空をどう感じ、雨粒の中に映る景色や、黒い雲から地表に落ちる稲妻をどう見て、どう感じ、どう切り取るか、それは写真を撮らない人でも同じだと思う。 とはいうものの、こんな景色が見たいという人には、出来るだけそのような景色が見られるよう、宿泊の予約前から滞在時まで行程の相談対応や情報を届けるようにしている。 それと合わせて、「こういう見方もある」ということを伝えるようにしている。 基本的に心をニュートラル、自然にしていれば、その時々の楽しみ方ができると思う。 ただ、来週から行く東京の暑さに恐怖心を抱いており自然体ではいられそうになく、地下やビルの中に籠って、かき氷などの冷たいものを食べ歩こうと決めてかかっている自分がいることに間違いはない。

2026-07-19T19:49:53+09:002026.07.19|

お勧めの季節(ベストシーズン)は?

6月下旬、麦の穂が実り始め、牧草ロールを見かける時期となった。 さて、今日は美瑛のベストシーズンについて、話すこととしよう。 よくInstagramのDMやお泊りのお客さんからチェックアウトのときに「お勧めの時期はいつですか?」と問われる。 泊まられた方は、その方の嗜好や興味が分かるため、その人にとってのお勧め時期を回答しやすいが、会ったこともない方からのDMなどで一言「お勧めの時期は?」と問われると回答が難しい。 試しにGoogleのAIに「美瑛のお勧め時期は?」と問うてみた。 回答は、美瑛や北海道を知らない人が机上の情報だけで作ったような、また、一昔前の旅行会社のパンフレットに書かれていたような雰囲気のものだ。自分の尺度でいえば「適当でない」情報だ。 では、自分の感情や感覚を挟まず、事実のみを書くとする。 4月 春とはいえ、寒い。東京でいうところの冬のような気温。観光客は少なく静か。 5月 丘の農地を畑お越しのトラクターが行き交う。GWは少し観光客が増えるものの、まだ少なめ。 6月 暖かい日が増える。丘は緑。アスパラの最盛期。後半はラベンダーなど観光用花畑目当ての観光客が多い。 7月 暑い日が多くなる。日によっては、30℃を超える日が普通にあるが、内地に比べ湿度は低い。麦の穂が綺麗。トマトなどが最盛期。観光客が非常に多い。観光スポットは激混み。まるで渋谷のようだという人もいる。 8月 前半は暑いが、後半は秋の兆し。とうもろこし、ジャガイモの収穫期。観光客が非常に多い。観光スポットは激混み。 9月 朝晩は気温が低くなってくる。観光客が徐々に減って静かになって来る。 10月 丘の紅葉。観光客は少なめ。徐々に野菜が採れなくなってくる。 11月 初旬まで紅葉。雪が降る日もあるが、常時積雪があるほどではない。閑散期で静か。葉物野菜は殆ど採れない。 12月 初旬から積雪が始まる。年末頃には十分な積雪があり、フカフカの雪が楽しめるが、厳冬期より荒天の日が多め。後半から観光客が増え始める。幹線道路も白い。 1月 中旬から厳冬期。天気が安定し、晴れる日が多くなってくる。晴天の朝は氷点下20℃程度。観光客は多い。夏の終わりに収穫し熟成したジャガイモの甘みが増す。 2月 上旬まで厳冬期。1月後半と同様。 3月 上旬から春の兆し。後半は雪解けが進む。観光客は少なめ。 上記は月毎の様子を説明したが、書ききれない部分も沢山ある。 美瑛は、農業の町、特に春から秋にかけては、作物の成長とともに1~2週間で景色が変わる。 観光客が集中する場所も季節によって違う。 ただ、シュカブラは1組限定、幹線道路からも離れていることもあり、どの季節でも静かに過ごせる。 美瑛町自体は東京23区より少し広い。美瑛と富良野と旭川は同じ観光圏であるが、相当の広さだ。あちこちの観光スポットを巡る日もあっても良いが、農業景観を何もしないでボーっと過ごす時間も持ちたいところである。 1泊しかされなかった方の多くが、連泊しないともったいなかったと言われる。 2・3泊が適度だろう。中には1週間滞在される方もいらっしゃるが。 美瑛に来たことがない人、興味がある人、行ってみたいと思っている人、訪れる時期を決めかねている人、是非、宿や飛行機を予約する前に、自分の趣味・嗜好、そして住んでいる地域を含め問い合わせてみてほしい、シュカブラのオーナーに。

2026-06-23T21:53:01+09:002026.06.23|

ありがとう

今日、何十年も続いた美瑛のお店が一つ幕を下ろす。 自分たちのような事業者にとっても、また一般の生活者にとっても大事なお店であった。 うちの宿は、開業して半年ほど経った5年ほど前からのお付き合いで、宿を廻していく業務のうち欠かせない部分をお願いしていた。 そのお店はご夫婦だけで切り盛りする家族経営の小さなお店。小規模の宿泊関係事業者や、一般の人にとっても家庭でできないことをお願いできる専門の職人さんのお店だ。 自分がこのお店に依頼していた理由、それは職人としての技術ももちろんであるが、拘りをもって仕事をしてくれる姿勢と誠意ある対応であった。 週に数回、店を訪れ業務をお願いする。受付はほぼ奥さんで、数分・数秒ではあるが、毎回、地域のこと、家族のことなどの雑談をするのを楽しみにしていた。 専門的なことを質問すると、職人であるご主人が、その都度、作業場から受付まで出て来て丁寧に説明してくれた。 依頼して仕上がって来たものを持ち帰り、客室の準備段階で開封しセットするとき、ご主人の職人としての拘りと丁寧さが、その一枚一枚から感じられた。 お客さん一人ひとりと会話し丁寧に対応すること、また「もの」や「こと」に魂(思い)を吹き込むこと、そこには見習うべき姿勢があった。 「Face to face」、無機質でなく面と向かって対応すること、何十年も続いたお店には遠く及ばないが、自分たちも「ただ、宿泊者に建物を貸す」ということだけではなく、「美瑛のこと」や自分たちの思いをお客さんに感じ取ってもらえるよう、シュカブラの一つひとつに魂を込め、シュカブラの一つひとつから宿主の思いが感じてもらえるよう努めたい。 お付き合いのあった5年間で、2年前にご主人が腰を痛めたり、昨年は奥さんが病気で入院されたりと、仕事を続けて行くうえで不安を抱えておられた。また、これまでほぼ休みなく働いてきたとのことで、そろそろ自分たちの自由な時間を持ちたいと考えられ、今回の閉店となったようだ。 お店がなくなってしまったことは、自分にとっても、間違いなく他の美瑛町民にとっても、とても残念なことではあるが、今後、お二人が穏やかでありながら、自由な時間を使い旅行などでの新たな発見で時にはワクワクドキドキするような時間を過ごせるよう願う。 何か気の利いたメッセージでも書きたいところではあるが、良い言葉が浮かばない。

2026-05-30T07:40:37+09:002026.05.30|

命をいただく

皆さん、食事のとき「いただきます」と言っていますか? 自分は時々、言い忘れることがある。 自宅で食べるときに言い忘れることは無いが、どちらかというと、外食のときはおしゃべりに夢中になり忘れるときが多いような気がする。 時々飲食店では、目の前に用意された食べ物に向かって、頭を下げながらとても丁寧に「いただきます」と言っている人を見かける。とても育ちが良さそう(人としての教育を受けた人)だ。 幼少の頃、「いただきます」とは、料理を作ってくれた人に言っている言葉なのだと思っていた。 確か小学校1年生の冬だったと思う。「いただきます」と言わなかった自分に対し、父は食べるのをやめるよう言った。 自分は「いただきます」と言い直すと同時に、その言葉が理解できていないのなら口にしても意味がないと思い「いただきます」とはどういう意味で誰に言っているのかと、父に聞いた。 父は「全てのものに言っている言葉だ」と説明した。 『全てのもの』とは何なのか、いまいちピンと来ず、『テレビで西洋人が「天にまします我らが父よ・・・」と言っているように、神に感謝を伝えているのか、でも、日本は仏の文化なのになぁ』となどと、やはり明確に理解できなかった。 自分たちが生きていくために食べているもの、それはほぼ全て有機物である。肉、魚、野菜、言い換えると動物、植物である。さらに言い換えると生物である。 そう、自分たちは自分たちが生きていくうえで、他の生物の成長や命を奪って、自分たちの身や骨、エネルギーにしているのである。 半世紀以上も生きてきて今更だが、『いただきます』という言葉は、料理を作ってくれた人へのお礼もあるが、何よりも命をささげてくれた生物たちへの感謝の言葉であると解釈している。 それなりの学はあるが少し非常識で変わった人である父であるが、あの時は正当なことを言っていたんだと、改めて思った。 食に限らず、人は快適に生きていくために、他の生物を犠牲にすることが多々ある。 家を建てるには木を使うし、服を作るのに動物の皮や綿花などの植物も使う。石油からできているプラスチックや化学繊維も、プランクトンや藻類の死骸が堆積し化学変化し出来たもので生物由来である。食事ではないが、これらもある意味「いただきます」である。 逆に、害虫、雑草、また、人間に襲い掛かろうとする動物やウイルス・細菌など所謂迷惑な対象になり、身の回りから取り除こうとすることもある。これは「ごめんなさい」なのだろう。 自分たちの文化や快適な生活を守るためであり、人間という種(しゅ)が、他の生物を犠牲にし、この地球上で命を繋ぐうえでやむを得ないことであろう。 ただ、必要以上に負荷を掛けてはならない。 地球は、必ずしっぺ返しをする。まさに、今がそうかもしれない。 人類は地球上の1つの存在にしかすぎないから、地球から見れば、人間などちっぽけなもの。 全ての種がいつかは滅亡する。漏れず人類もそうだ。 それを早めてしまうかは、人類自らの行いにかかっていることに疑う余地はない。 自分は育ちが良いわけではないが、無意識に丁寧な「いただきます」が言えるようになりたい。

2026-05-04T19:06:38+09:002026.05.04|

『幸せになる』とは

人は、誰しも他人に知られたくないことの一つや二つあるものだ。 漏れなく自分もそうである。 生まれてから半世紀以上、自分の生い立ちや、辛い経験、恥ずかしい経験、過ちなど、何故嫌なことばかり思い出すのだろうと忘れたくても忘れられないことは必ずある。 また、大人になってから幼少期の出来事が常識から掛け離れたことであって、その体験が傷となって、明らかに自分の人生にとってマイナスに働いていることに気づかされることもある。 『幸せ』とは何か、明確には理解できない。 幼い頃は、本やお寺で見かける絵にある極楽浄土のような世界があり、何のストレスもなく暮らすことなのかなと思っていた。 美味しいものを食べて「幸せ」と口にする人もいる。綺麗な景色を見て「幸せ」と口にする人もいる。家族や恋人の笑顔を見て「幸せ」を感じる人もいる。そういった一つひとつの瞬間を『幸せ』と表現しているのだと思う。 ただ、『幸せになる』とは、継続して幸福な気持ちが維持された状態をいうのだと思う。 果たしてそんなことがあり得るのだろうか。もしそんな状態が続いているとしたら、その状態を『幸せ』とは感じず、何の変哲もない平常だと感じるのであろう。 人生、幸せなことより辛いこと嫌なことの方が明らかに多い。 自分は、幸せだと言えるのか・・・『幸せ』の定義が分からないから、自分がどうなのかもよく分からない。 ブログを読んでくれている方、また、僕のことが記事になった新聞や雑誌を読んでくれた方から、よく言われることがある。「夢が叶って、好きなことが出来て幸せですね」と。 ブログに書いていること、インタビューに答えていること、それ自体に嘘はない。 ただ、書きたくないことは書いていないし、話したくないことは話していない。 書かれていることだけが自分という人間ではなく、それはある一面にすぎない。 これまでのブログにも、行間からは文章で表現していない一面が見え隠れしているものもある。 多くの人が多面的で、人には見せたくない一面がある。 ブログや記事を読んで、「素晴らしい方ですね」などと言ってくれる人もいるが、自分はそんな褒められたような人物ではない。むしろ自己中心的で、他人を羨み、表面を繕い、物事に正面から向き合わないことも多々ある弱い人間である。 ブログには、本当のこと、本心を書いているつもりだが、自分は『こうありたい』という願望を書いた一文もあるかもしれない。 多くの人が自分をよく見せようとする。強く、格好よく、可愛らしく、綺麗に、利口に見せようとするのは人間として、いや生物として自然な行動である。 人に知られたくないこととは、多くの場合、相手にマイナスイメージを抱かせるようなことだろう。だから、話したくない知られたくないと思うのであろう。 だた、誰かを相手に何かの拍子で、自分の知られたくない一面や辛い経験、弱さを口にしたとき、脈を打つ回数が減り、背負わされた重い石を地面に下したような感覚になることがある。 相手にどう思われるかなどは関係なく、何かほっとする感覚だ。この瞬間が本当の自分なのかもしれない。 時や場所に関係なく、これまでの辛い経験や過ち、弱さを受け入れ、肩肘張らず自分の気持ちに素直に行動し、常に素の自分でいられること、それが『幸せになる』ということなのかもしれない。 まあ、一生かかっても分からないような気がするが。

2026-04-12T20:28:25+09:002026.04.12|

老い

先月末、家の電話が鳴った。相手は、何もしゃべらない。今はやりの怪しい詐欺電話のようなものかと思っていたところ、10秒ぐらいして細々とした声で、「剛か?」と聞いてきた。全く誰の声なのか分からず、「誰?詐欺電話?」と聞くと「私や。お母さんや。帯状疱疹で入院してんねん。」と弱った声。 あまりにもかすれた声で聞き取り辛く、母親かどうかも分からないため、実家のある四日市市内に住む妹に確認すると、状況は間違いないとのこと。 先月上旬、妹には母親から弱った声で電話があり、実家に行ってみると、食事も十分に摂れなくなっていた母親と父親が、倒れるように寝転がっていたとのこと。 慌てて2人を病院に入院させたが、ある程度体力的に回復したため、とりあえず、以前から軽い認知症の疑いがあった母親を症状が進行しないよう早めに退院させる予定だと、報告を受けた。 そのような状況中での、母親からの電話であったのだ。 そして先月下旬に母親だけ退院したのだが、時すでに遅し、入院中に認知症がかなり進行してしまったようだ。 母親からは、1日に何回も同じ内容の電話がかかってくる。 そして、今月8日、急遽、旭川空港から羽田空港、東京から新幹線で名古屋、そして四日市へと2年ぶりに帰省、4日間滞在した。 10日に介護保険の認定調査を受けたが、多くの老人がそのような傾向があるらしいが、調査の時だけは「大丈夫、何でも分かる」と気丈にふるまうらしく、母親も同様であった。自分の老いを公には認めたくないのだろう。 妹に詳しい状況を聞くと、父親は認知症の症状が軽いものの、脊柱管狭窄症が悪化し歩行が困難なようで、未だ入院中であるとのこと。 とりあえず、短時間でできる生命保険や入院費用の確認、必要な役所への手続き等を済ませた。 役所への手続きなどは複雑ではあるが、こういう時は、自分の役人経験が生かされる時だ。窓口での説明は説明される前から、ある程度分かっている。 ひと段落は付いていないが、とりあえず妹に任せ、行きと同じ経路で美瑛に戻った。 まだまだ対応の道半ば、今後のための様々な準備や手続きため、今月下旬から来月上旬まで今度は自家用車をフェリーに乗せて再度帰省する。往路は苫小牧港から名古屋港、復路は大洗港もしくは仙台港から苫小牧港だ。 たまたま、宿の休業期間と重なる部分が多かったため、身動きが取れた。 勉学が得意でスポーツ万能だった父、明るく社交的すぎるぐらいの母、子供にとっては、このイメージが強すぎて、今の状況がなかなか受け入れられない。 「老い」それは誰にでもやって来る。 頭では理解できているが、それを心から理解できるのは、2人が亡くなった時なのかもしれない。 もともと、3月中旬から4月上旬の休業期間中には、東京の下町と東北をブラブラする予定であったが、計画は崩れ去った。 帰り道、東京の下町ぐらいは立ち寄れるような気がするが。 さて、この先どうなることやら。

2026-03-19T07:41:15+09:002026.03.18|

口から先に生まれて来た男

もうじき、2月も終わる。異常に暖かい日が続いている。 今年の美瑛は、雪も少なく例年の3分の2ぐらいしか積もっていなかったが、ここ数日の暖かさで、一気に溶けた。 周辺の景色は3月中旬のようだ。 毎年のように、寒い日が減った、雪が少ない、というようなことを言っているような気がするが、もう、それが通常の気候になってしまったのかもしれない。 冬を楽しみに来られるお客さんには、少し申し訳ない気がする。 毎年3月下旬から4月中旬は、自己研鑽のための旅行や施設メンテナンスに充てるため休業する。昨年は、長男の大学進学と引っ越しがあり、ひとり旅に出かけられなかったが、今年は2週間程度をかけ、ブラタモリで放送していた深川、谷中、そして「せんべろ」の街・赤羽などの東京の下町と東北地方を巡るつもりだ。 「せんべろ」って何だろうと思ったら、千円でベロベロに酔えるということだと初めて知った。そんな街に住んでいる人たちは、相当お酒が好きなのだろう。 まあ、自分はそんなに吞まないが。 それと、今度、東京に行ったら、スカイツリーに登ろうと思う。昨秋に行ったときに登り忘れたから。東京の人には珍しくもないだろうが、美瑛では絶対に見られない夜景が展望デッキからは見られるのだろう。 お客さんが美瑛に来て、何処までも続く丘を見て新鮮に感じるように、何処までも続くビルの明かりを見て凄いと思うのだろう。 展望エレベーターは身体障害者割引で半額だし。ちなみに同伴の介助者も。障害者手帳は有効に活用せねば。 一人旅はいつもほぼ無計画、行き当たりばったりで、車中泊やネットカフェを利用することが多い。 宿を予約するとしても当日の朝や前日だ。朝起きて、その日の気分や天気で行き先を決める。泊まる宿は一棟貸しとかではなく民宿などが多い。 確かにシュカブラと同じようなスタイルの宿に泊まることも勉強になるが、全く違うタイプの宿に泊まり、そこで感じたことをヒントとして自分の宿にエッセンスとして加えることが面白いのだ。 民宿だと宿主と話し、その人の宿経営に対する考え方、コンセプトを聞ける機会もある。その人のそういった考えが、その宿のサービスや設備に表現されているのだということを感じやすい。 それは宿だけでなく無計画で時間の制限なくすことで、ブラブラと商店街を歩いて町の人と話したり、また飲食店で店主と話したりすることで感じることも同じである。 まあ、ただ単におしゃべりがしたいだけなのかもしれないが。 昔、母親によく言われた「あんたは、口から先に生まれて来たみたいや。もう少し口数が少ない方がええ。男は寡黙な方がもてる」と。 『おかん、誰に似てしもたか分かるか、あんたや。』 そういえば、妹は寡黙だ。何となく風格があって男気があり、女の子によくもててたなぁ。

2026-03-18T11:02:47+09:002026.02.24|

先々どうするのか、どうなるのか

今日、2月2日は自身の誕生日である。56歳になった。 正確に言うと、誕生日の前日である2月1日に56歳になっている。 『年齢計算ニ関スル法律』では、誕生日前日の午前0時に1歳加算されることが定められているからだ。 なので、4月1日生まれの人が3月31日に一つ年齢が上がるため、その学年の最後の人になる訳だ。 小学校低学年時代、4月1日生まれのクラスメートで近所の友人がいた。出席番号はもちろん最後、身体も小さく、少し可哀そうな気がしていた。 母(おかん)に「なんで、3月31日生まれが最後じゃなく、4月1日生まれが最後なんやろ?」と聞いたことがある。 社会システムや法的なことに関し知識の薄いおかんは、「さぁ、何でやろ。いけずとちゃうか。多分そうや。知らんけど」と適当な返事をした。※「いけず」とは関西弁で意地悪のこと。 三重県四日市に住んでいる時代であるが、おかんは生粋の大阪生まれ大阪育ちの大阪の女(おばちゃん)である。 小学生なりにおかんの言っていることが『ほんまか?』と疑った。当然である。 中学生になり社会科の時間か何かのタイミングで、あのおかん回答が明らかに適当に言ったものであったことが分かり、この人はその時その時の勢いだけで生きている人なんだなぁと改めて思った。 まあ、それが大阪の女の良い所だと、自分自身も適当に解釈した。 56歳、あと4年で60歳になる。 30歳の時、『元気に動けるのも60歳までだろう、半分は本州で生きたから、残りの半分は北の大地で生きよう』と決意、三重県から北海道に移住したが、あの時考えていたとおりだと元気に動ける残された時間はあと4年ということだ。 47歳で大病を患い下半身不自由の身体障害者になり、明確な障害の進行はないものの、『なんかおかしい』ということが徐々に増えてきている。 医者には、病後のリハビリで何とか歩けるようになってからも、一般の人よりは早い時期に歩けなくなると言われているし。 さて、若い時に想定していたように60歳で動けなくなるのか、そうではなく今ぐらいは動けているのか、よく分からないが、もし、動ける状態であれば、次の30年(死ぬまで)をどこでどのように過ごすか、そろそろ考える時期かもしれない。

2026-02-02T18:04:25+09:002026.02.02|
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