sakurai

About 櫻井剛

この作成者は詳細を入力していません
So far 櫻井剛 has created 137 blog entries.

おばあちゃん、おかえり

『おばあちゃん、おかえり』 僕は、心の中でそう呟いた。 先日、2022年12月17日のブログに登場する関西弁で話すご高齢のお母様と娘さんのお二人がシュカブラを再訪してくれた。 本当なら前回の来訪から1年後の昨年12月に来られる予定で予約もいただいていたのであるが、お母様が体調を崩されたとのことで、来ることができなかった。 娘さんのお仕事の都合上、12月にお休みが取りやすいとのことであったため、今度お会いできるのは、前回から2年後の今年の12月になるのかな。お母様は大丈夫なのだろうかと心配していた。 今回の宿泊のご予約時のメッセージには、お母様の体調が回復されてこと、美瑛に行きたくて冬まで待てないことが書かれていた。 メッセージを見て安心し、6月になるのを楽しみに待っていた。 お母様は前回より少し足が悪くなられたようであったが、お元気そうである。 入室するとヴィラの土間に置かれた椅子に腰かけ、窓から外を眺め、「わー! 緑が凄いなぁ。あれなんやろ?」と目の前に一面に広がった広大な畑を見て問われる。「蕎麦ですよ。最近、芽を出し始め黄緑色が綺麗ですね」と答えると、「初めて見たわ」と変わらぬ関西弁でお話された。 大阪で生まれ、三重で育った僕にとっては、おばあちゃんの発する関西弁の一言ひと言が前回と変わらずとても心地よい。 6月も終盤になり、予想通り美瑛・富良野の観光客が増え、「ファーム富田」や「青い池」などの有名観光スポットは混雑し、時間帯によっては駐車場に入るための渋滞も起こっているとのこと。 一部の心無い観光客は農地に侵入し、農家さんが大切に育てている作物を踏み荒らしていることがあるようだ。 また、よく見かけるのは、危険な箇所への駐停車だ。美瑛はうねうねと丘が続くため、そこを通る道路には坂やカーブが多い。坂の頂上や見通しの悪いカーブに駐停車されてしまうと、対向車が見えず正面衝突の可能性もあり、大変危険だ。実際に、夏は救急車のサイレンを聞く回数が増える。 また、最近、電動キックボードのレンタルも始まったようである。やはり、自転車に比べ道の真ん中をフラフラ運転する人を見かける。 地元民の生活のため、また、観光客も事故なく楽しく旅ができるよう、お互い心がけたい。

2024-06-29T23:06:28+09:002024.06.29|

旅の感動をお手伝い

秋まき小麦には穂が付き、すくすくと成長している。ジャガイモやトウモロコシ、ビート、蕎麦なども徐々に成長し、今の美瑛の丘は、1年のうちで一番緑の多い時期かもしれない。 先日、改めて気付かされたことがある。 観光に来られた方が、所謂有名(撮影)スポットを巡っても、地元民が同じ場所に向かうのとは見え方が違うということ。 チェックインの際、お勧めスポットをお知らせし、翌朝、車で巡られたようであるが、その感想を聞いてみると想像していたものより感動が少ないように感じた。少し道にも迷われたようであった。 美瑛は広大な農地の間を道路が走っており、目印になる物があまりないため、道にも迷いやすく、特に内緒のスポットなどは看板もなく目的地にたどり着いたのかどうかも分からないこともある。 再度、人が少ない穴場スポットに挑戦してみたいとのことであったが、もしよろしければと、夕方、こちらの車で、丘を案内することになった。 改めて、朝は何処に立ち寄られたかを確認したが、穴場スポットの他、取りこぼしなく良さそうなポイントを巡られている。 ただ、スポットに向かうまでの経由した道が違うようだ。 お客さんと一緒に、宿をスタート、「ここを通りましたか?」「ここで曲がりましたか?」と聞くと、コースが違うことが分かった。 ナビを使うと一般的に最短コース(稀に変な道)を案内し、スポットに行くにはその道が一番早いが、自分が目的地に向かう際には、最短コースに拘らず、途中、綺麗な景色が見えるところを周るようにしている。ここのところは、なかなか地元民じゃないと分からないところである。 夕食のレストランにお送りする1時間程度と短い時間ではあったが、お客さんの反応は上々、「ここから見るのか。角度によって見え方が全然違ってすばらしい」「満喫した」「きれい」などなど。 ご夫婦やカップルなど、お二人の大切な時間を邪魔しようとは思わないが、丘の案内など、地元民として旅の感動をお手伝いができることに喜びを感じるのである。 宿の周りの畑は、そばの小さな芽が出始め、成長の勢いは早く、毎朝、目覚める度に緑が多くなっている。 7月には白い小さな花で覆いつくされるだろう。

2024-06-14T09:31:24+09:002024.06.14|

夕焼けの季節到来

5月・6月は企業や団体の総会が多く開催される時期である。 僕も宿泊事業者の一人として、観光協会など美瑛町内のいくつかの団体に所属している。 総会に参加すると運営側(事務局)から昨年度事業の報告と本年度の事業計画が説明されるが、殆どの参加者は質問や意見を発言しない。皆が、全く同じ考えを持っていることはない。説明を聞いて、何にも思わない人はいないだろう。 もちろん、時間的に参加者全員が発言できるわけではないが、参加するからには、賛同でも批判、別の提案でも良い、何か一言発言してほしいと思うのである。 まあ、僕は余計な一言を言ってしまうことも時々あるが。 さて、硬い話はこれぐらいにして、夕方、西の空が焼けることが多くなる季節がやってきた。 多くの人は、夕陽と夕焼けを混同している。これまでに、何回も書いているが、「夕焼けは日没後にやって来る」。 夕日も良いが、是非、夕焼けを見てほしい。 快晴の日には西の空がグラデーションになることがあるが、焼けやすいのは薄曇りや多めに雲が浮いている日だ。 夕焼けスポットでは、カップルなどが夕陽を眺めている姿をよく目にする。日の入りの少し前から、赤みを帯びた太陽が地平線に徐々に近づき、ゆっくり沈んでいくのをジッと見つめている。そして、太陽が沈み切った瞬間、多くの人が『あー綺麗だった』『沈んじゃった』というような顔をして、これから起こるかもしれない夕焼けを見ないで車に乗り込み帰ってしまうのである。 夕焼けは、地平線の下から太陽が空や雲を照らすことで起こることが多い。 そう、「夕焼けは日没後にやって来る」のである。 焼けるか焼けないかは様々な気象条件に影響されるが、日没後、最低でも30分は粘りたい。 因みに朝焼けも同じ状況で起こるので、焼けるのは日の出前だ。日の出1時間前辺りから色付き始めることが多い。 今の季節、綺麗な夕景の時間帯と夕食の時間が重なる。 夕ご飯を外食にしてしまうと、どうしてもシュカブラからの夕景が見られなくなってしまうから、オードブルやピザなどをテイクアウトして、宿の窓から、宿の庭から夕景を見てゆっくり過ごすのがお勧めだ。 美瑛は天気予報が当たりづらく、晴・曇・雨も外れることが多い。夕焼けになるか否かはそれ以上に予想しづらい。 今日も一日、空の変化を見ながら、ドキドキして過ごすこととしよう。

2024-05-31T08:41:35+09:002024.05.31|

種まき開始

シュカブラは、広大な農地に囲まれている。毎年、その畑では作物として蕎麦が作られている。 今年も本格的に畑起こしと播種が始まった。 部屋からは、目の前を人の身長をはるかに超える巨大なタイヤのトラクターが行きかうのを見ることができる。 トラクターを運転操作している農家さんは真剣な表情で前方と後方を何度も確認しながら、うねうねの丘を綺麗に起こしていく。 十勝のような平坦な土地ではなく丘が連なる美瑛は、トラクターの操作がとても難しい。横に傾きながら真っすぐに畑を起こすのは、豊富な経験と技術が必要だ。 シュカブラの庭にも800坪ぐらいの範囲にアンジェリアなどの花の種を撒く。庭を放置しておくと、たちまち雑草だらけになるからだ。 土起こし、種まきのタイミングは、気温や雨の予報を見ながら思案するのだが、天気予報を見て自分なりに判断するよりも、周りの農家さんの作業の様子を見ながら、それに足並みを合わせて作業を進める方が確実だ。 美瑛は天気予報が当たりづらいからか、農家さんの経験則の方が上回る。 自分で判断して種まきした年は、撒く時期が早すぎて、寒さで成長しなかったりしたが、農家さんの真似をして時期を定めると、綺麗な花をつけてくれる。 庭の畑起こしはトラクターで行うが、種まきは手作業。近所の農家さんが昔使っていたという種まきの道具を借り、ゆっくりゆっくり種を撒く。 丁寧にまんべんなく撒いたつもりでも、実際花が咲いてみると、密集したところや薄いところができていて、近所の農家さんには「ふふふ」と笑われる。 やはりプロにはかなわない。 6月中旬にはシュカブラの庭はアンジェリアの薄紫の花が咲き乱れ、7月にはシュカブラの周りの何ヘクタールもの広大な農地は、白い小さな蕎麦の花で埋め尽くされるだろう。 シュカブラの庭に立つ白樺の木陰から、十勝岳連峰をバックに一面の白い蕎麦畑を見られる日が来るのが待ち遠しい。

2024-05-31T08:42:15+09:002024.05.16|

春の美瑛

5月になった。GWの真っただ中、美瑛の桜は今が満開だ。 とはいっても、最低気温は0℃近くになることもある。 広大な農地の秋まき小麦は、雪解けとともにぐんぐん成長し、濃い緑の絨毯のようだ。徐々に樹々は芽吹き始め、新緑を覗かせている。 この時期に困ったことがある。白樺の花粉によるアレルギーだ。 薪割や草刈などの作業をしていると、目は痒いし、鼻が詰まる。 本州にいた頃は、スギやヒノキの花粉には全く反応しなかったが、北海道に移住して5年ぐらいたったころから、この時期になるとこのような症状が出る。 白樺というと、本州の人には人気の木で、僕も白い幹を見るのは好きだ。 ただ実は、道産子にはあまりにも普通に生えている木で、特に好きだという人はあまりいない。それどころか農家さんの多くは、畑の脇などに生え、成長も早く、トラクターでの作業の邪魔になるため迷惑な木だという。 でも、この時期の白樺は、小さな芽を出し、それが日に日に開き始め、黄緑色の綺麗な葉を沢山付ける。この薄い黄緑色と真っ白な幹は、ずーっと見ていても飽きない。 故・前田真三氏の写真ギャラリー「拓真館」の敷地にある白樺の回廊を歩くのは良い。美しい写真を見て、鼻がムズムズしながらでも回廊を歩き、同じ敷地内にあるSSAWというカフェで一息つく。 6月中旬から8月の美瑛は、花畑を見ようと沢山の観光客が押し寄せ、有名スポットは人だらけ車だらけになる。花畑はあくまでも観光客向けに造られたもの、本来の美瑛の姿ではないと思う。農家さんが農作物を作る過程で出来るパッチワークのような農業景観が本来の美瑛である。5月は人が少なく、そんなの美瑛を静かに見ることの出来るお勧めの季節だ。 折角、都会から来るなら、人混みでごった返す時期ではなく、静かな時期に来てほしいと思うのである。

2024-05-01T20:49:50+09:002024.05.01|

旅から生まれるもの

3月25日に出発した旅を終え、4月8日に美瑛に帰ってきた。 苫小牧港から仙台に寄港し、名古屋港から上陸。鳥取県の智頭町や米子市、京都府の伊根町、大阪市、亀岡市、京都市、大津市、津市、四日市市から琵琶湖の横をすり抜け、日本海側に出て、新潟市まで北上、東北地方を横切り仙台港から苫小牧港へ、車での走行距離は2,700㎞。 途中、一時的に家族(妻・長男・次男)と合流したが、ほぼ一人旅だった。 旅の目的の一つは、米子に住む102歳になる父方の祖母に会うこと。祖母は足腰が弱って歩行器での移動だが、相変わらず頭の回転は速かった。 もう一つの目的は、オーバーツーリズムの現状視察であるが、一つが伊根町。 こちらは、京都府の北部、日本海側にある町である。近くには、昔から観応地として有名な天橋立がある。 伊根は漁師町で湾に面する海岸の際に270件の舟屋が立ち並び、日本の原風景が残る場所である。 数年前までは天橋立などに比べ、それほど観光客も訪れない場所であったが、この風景が有名になり、近年、特に外国人観光客が急増したようである。伊根町の人口は2,000人程度であるが、そこに年間何十万人という人が訪れている。それとともに、私有地への立ち入りや、駐車場の問題などが発生して、伊根町観光協会のHPを覗くと「伊根は観光地ではありません」と謳っている始末である。観光協会の人に話を聞いたが、皆さんには伊根に来て楽しんでいただきたいが、一部のマナーの悪い人たちのせいで、住民が安心して暮らせないことと、善良な観光客にも悪影響があるなどのことから、このように言わざるを得ないとこのことで、大変苦慮されている様子が伺えた。 丁度、桜の開花時期で日中は車や人が多く、また、私有地への立ち入りなどマナー違反も見受けられた。 田舎でこのような状況というところが、美瑛の状況と類似している。ただ、美瑛の方が、より深刻な状況であるように感じた。 その他、大学生の頃に住んでいた大阪や京都、また、20代の頃勤めていた三重県庁にも立ち寄った。何か人生をなぞっているような不思議な感覚になってきた部分があった。 旅をすると発見できるものがある。特に長期での一人旅はそうである。 今の仕事も27歳のときに初めて北海道に訪れたことがきっかけだ。宿をやるという夢を持ち、それを達成した。 今回の旅で見つけたこと。それは、60歳で自伝的小説を書くことだ。2歳年下の従妹が作家をしており3年前に自伝的小説を書いてそれなりの反響があった。そのせいで、懇意にしていた新聞社とは関係が断絶するというマイナスもあったようであるが、僕が書いたところで大した影響はなく、ましてや読んでくれる人も近親者だけかもしれない。 ただ、人生を振り返り、自分の気持ちを整理するという意味では、良いのではないだろうか。それを書くことにより、人生の終盤に向けた新たな目標が見つかるかもしれない。 旅先では、これまでシュカブラに来てくれた方の住む町やその近くを通ると、「元気ですか」と声を掛けたくなった。旅行中、毎日2回程度、インスタのストーリーズに旅の様子を投稿していたが、何人かそういった方からメッセージをいただくことがあり、旅をさらに楽しいものにしてくれた。タイミングが合えば、お茶でもしたい。 この場を借りて、メッセージへのお礼を申し上げる。ありがとう。 帰ってから4日経った。4月16日までは休業中であるが、夏に向けた準備を急ピッチで進めている。トラクターやチェーンソー・草刈機の整備、薪の移動などなど、山ほどある。1日に1回は写真を撮る。やはり、美瑛の景色を撮ると心が落ち着く。 この時期、シベリアに帰るため、一時的に美瑛に滞在する白鳥などの渡り鳥がシュカブラ上空を行きかう姿を見ながら、仕事と趣味の区別がないようなことを、一つひとつこなしていくこととしよう。

2024-04-12T09:40:02+09:002024.04.12|

リセットの旅

明日から旅に出る。 毎年、この時期には鳥取に住む祖母に会いに行くのである。今年で102歳になった祖母は、サービス付き高齢者住宅に入居しているが、歩行器を使えば自力で歩くことができ、耳は遠いものの、なんといっても認知機能の衰えが感じられない。 毎朝、新聞を読み、自分より若い人達(80歳代が多い)に、その内容をかみ砕いて分かりやすく説明するのだと施設の方が教えてくれる。 まだまだ、好奇心も旺盛で新しいものを見つけると、「私はもう年だから」と言いつつも、手に取って眺めたり、興味深そうに話を聞くのである。 90歳を超えてから、骨折を2回、100歳でコロナに感染、これらを見事に乗り越えた。本人としては、戦時中のことを思えば、大したことはないというような感じだ。 自分はそこまでにはなれないと思うが、常にプラス思考、前向きな気持ちになれればと思うのである。 1年に一度の「喝」を入れてもらってくる。 旅のもう一つの目的は、他地域のオーバーツーリズムの現状と、先進的な取り組みを自分の目で確かめてくるということ。 前回のブログにも書いたが、美瑛はオーバーツーリズムで問題が多発している。 大阪や京都の街中とは違った本州の田舎でのこのような問題に対する取り組みを視察し、今後の美瑛の観光のあり方を地域の人々と考える上での材料としたい。 今回は途中で家族と一時的に合流するものの、ほぼ一人旅である。 今まだ、真っ白なシュカブラの庭は、帰宅する4月10日頃にはほとんどなくなっているだろう。

2024-03-24T15:45:08+09:002024.03.24|

オーバーツーリズム(正しい旅とは)

全国各地で「オーバーツーリズム」が問題になっている。京都をはじめ広島の宮島や岐阜の白川郷、鎌倉などが有名であるが、美瑛も同様である。 京都では観光客が増えすぎて、路線バスに地元の人が乗車できないことや、鎌倉では江ノ電の線路に進入する者があり運行に支障をきたすなど、また、各地で民家への無断立入があるようである。 美瑛も同様に色々な弊害があり、コロナ明け以降、それがさらに激しくなってきている。 美瑛の特徴としては、一番に農地への立ち入りがある。10年前には「立入禁止」の看板はあまり見かけなかったが、最近はいたる所にこれが立っているのである。 この時期、農地である丘は積雪で真っ白だ。確かに看板がないところは、空き地だと思って進入してしまうこともあるかもしれない。ただ、看板がいくつもあるにもかかわらず、また、ロープが張ってあるにもかかわらず、立ち入る観光客が後を絶たない。 町役場や観光協会、また、土地の所有者等も様々な対策を講じているものの、いたちごっこになっている。対策を講じるにも多大な経費が必要になり、財源確保もままならないところである。 東京などでは数年前から宿泊税が導入され、観光関連事業に充てられているが、北海道でも宿泊税の導入が検討されている。 観光する側にも、地域を守るためにある程度の負担をお願いすることは、やむを得ないことだと思うし、自分が宿泊税のかかる地域を旅行した時は、その土地・風土の保全のために活用しほしいと納得して支払う。 ただ、美瑛の実情としては、この土地を訪れる観光客の9割が日帰り客である。農地や民家の庭に立ち入り、街にゴミや吸い殻をポイ捨てし、大きな声で騒ぎ、車が来ているにもかかわらず車道の真ん中で三脚を立て写真を撮っている、その多くが札幌や旭川等に宿泊している日帰り客のようだ。北海道の宿泊税が導入されても美瑛に宿泊していないのだから税がかからないのである。 美瑛は広く面積は東京23区と同じだけある。町内への道路も沢山ある。このため、日帰り客から美瑛に入る際に「入域税」を徴収することは困難であるが、何らかの方法で日帰り客にも一定程度の負担を求めるべきであると思う。 この夏は、これまで以上に美瑛への観光客が増えると予想される。一部の心無い観光客のせいで、地元住民の生活や、善良な観光客の楽しみを壊されるのは許しがたいことである。このままでは、近い将来この美しい美瑛の風景や風土は失われるだろう。 観光業に携わる者の責務として、この問題は放ってはおけないし、そのような悪質な行為を見て見ぬふりは出来ない。 「見たい」「知りたい」「移動したい」という衝動は、人間の持つ本能らしい。人類の祖先がアフリカで誕生し、世界中に広まったのが何よりの証拠だ。人が旅をするのは、それは植え付けられている遺伝子だ。 多くの人が見たことのないような風景を求めて美瑛にやって来る。 訪れる人には美瑛を見て美しいと感じると同時に、これを作り出しているのは自然と調和しこの地で生きてきた人々の営みがあるからであることを理解し、一緒にこの風土を守りたいと感じてほしい。それが、旅をする人にとって大切なことだと思うし、自分もそれを深く感じながら旅をしたい。

2024-03-12T17:07:51+09:002024.03.12|

旅とは何か

「観光と旅は違う」 37歳と若くして亡くなった友人の言葉を思い出すことがある。 自分が32歳のとき、旭川市役所の同期入庁のうち15人ほどの仲の良いグループでバリ旅行に行った。彼は28歳、国内のみならず海外も色々なところを旅している人だった。 同期の連中と北海道内を旅行することが多かったが、海外に行ってみようという話になり、海外旅行に旅慣れた彼が世話役となり企画してくれた。 日本は治安も良く、世界一安全な場所だと言われている時代、そのような環境で育ってきた自分たちとっては、海外は油断できない怖いところだという意識が強かった。 同期の中で最年長だった自分も年下の人たちを安全にリードしなければならないという意識から、彼と協力しながらバリを観光して回った。 初めての海外旅行でもあり、楽しかったものの、半分は緊張していた。小銭以外は服の中に着けるベルトに、カメラはたすき掛けにと、用心して街を歩いた。 ホテルのスタッフや観光ガイドと会話することもあったが、現地の住民と話す機会は殆どなかった。 帰りの飛行機の中、大きなトラブルもなく楽しく過ごせたなと、彼と話をしていたところ、「今度は観光ではなく、海外を旅したらいいよ」と彼がポツリと言った。 その時は、何となく「観光と旅は違う」ということが分かったような気がしていたが、明確な違いは分からなかった。 念願だった宿を開業することを彼に報告しようとお墓を訪れたとき、改めてこの言葉を思い出し、その意味を考えた。 人それぞれ、旅行のスタイルは違うし、時と場合によっても違うだろう。また、観光と旅の明確な区切りなどない。 ただ、彼の言っていた旅とは、その土地に訪れ、その土地の人と面と向かって話、その土地の習慣や風土、現状を理解することだろうと思うのである。 旅はその土地を消耗させるのではなく、その土地を理解し、その土地の文化を地元の人々と一緒に守ろうとすることやその気持ちを持つことだと思う。 おそらく、彼の言っていた旅とは、そういうことだろうと理解している。 今日も自宅の窓から、夕陽に照らされた十勝岳連峰を眺めながら、そんなことを思い出した。

2024-03-03T08:47:00+09:002024.02.28|

思い描いた景色との出会い

僕はクールな人間なのか? 『ホームページやブログの写真や文章から、櫻井さんはクール人だと想像していた』と旅行を終え帰宅された女性からのお礼のメッセージの中に、そんなことが書かれていた。 意外な言葉であった。ストイックな奴だと言われたことはあるが、『クール』だと言われたのは、人生でおそらく2回目だ。正確にいうと1回目はクールではなく『冷たい人』と言われたような気がするが。 身近な人は、僕のことを熱く、また、かなり拘りが強く頑固だと言う。 彼女は、お母さんともうすぐ2歳になるお子さんと3人で3泊された。オープンした直後の3年前ぐらいにインスタでシュカブラを見つけ、それから、ブログやインスタの投稿を頻繁に見てくれていたようで、彼女に自分の身の上話や美瑛の出来事を話すと、多くのことを知っていたのである。 『えっ、なんで僕のそんなことまで知ってるの???』と思うことも多くあったが、記憶を辿ると確かに過去にブログに書いた覚えがある。 こんなにまで、隅々まで読んでくれている人はなかなかいない。感激である。 彼女は美瑛に来て、シュカブラに泊まるということの他に、青空や星空をバックにクリスマスツリーの木やセブンスターの木の横の白樺並木などを撮影するほか、ダイヤモンドダストなどの稀に見られる自然現象を見たいとのことで、旅行前からLINEでやり取りし相談に乗っていた。だが、如何せん晴れや星空などは天気次第、僕にはどうしようのないことで、彼女には、どんな天気でも楽しめるようニュートラルな気持ちで来てほしいと話していた。 到着された日、旭川空港にお迎えに行ったが、空も真っ白で、やや吹雪ぎみだ。彼女やお母さんが「空も地面も真っ白っていうのも綺麗ですね」との言葉に少しほっとした。 でも、彼女はやはり青空と星が見たいんだろうなと思いながら、『少しでも晴れ間が覗いてくれたら』と願った。 ときどき日が差し込み青空が見えるが、何となくすっきりしない天気で3日目の夜を迎えた。20時頃は星など全くと言っていいほど見えない曇空である。23時頃になり、雲の切れ間から少しだけ星が見えだした。ダメもとで星を見に行くかと彼女に問うと、「行きたい」との返事が。一か八か行ってみるかと思い、真っ暗な丘を車で走る。よく僕が撮影するセブンスターの木の横の白樺並木が見えるところに着いた。 ほんの10分前、ほとんど雲に覆われていた空は澄み渡り、満天の星空が目の前に広がっていた。 何か所かの撮影ポイントを巡り、最後はクリスマスツリーの木。時刻は午前1時半、静まり返った暗闇、華やかな冬の星座をバックに佇む一本の木。聞こえるのは、キュッキュッという雪を踏みしめる音だけ。気温は氷点下18℃、痛くなる指先でシャッターを切った。 翌朝(その日の朝)、旅行の最終日、氷点下22℃快晴である。いつのも橋の上に行くと、高い確率でダイヤモンドダストが見られるの気象条件が揃っている。 『予定通り、出発する』と彼女にLINEし7時半頃、橋の上に到着。 川霧立つ中、朝日に向かってじっと待つ。キラキラとダイヤモンドダストが少しずつ見えだし、徐々に濃くなると、小さめであるがサンピラーも現れた。 彼女の勝ち、彼女の執念。1シーズンで何回も見られない現象が起こっている。感動する彼女の眼は少し潤んでいるように見えた。(寒さで涙が出たのかもしれないが) 「あれが見たい、こんな写真を撮りたい、撮り直して」と遠慮なく言ってくれる彼女は、僕と親子ほど年が離れている。僕には娘はいないが、娘がいたらこんな感じなのかと、不思議な気分の4日間であった。 彼女とは16時間ほど一緒に昼夜の丘をドライブしながら話をしたが、たぶん僕のことをイメージしていた『クール』とは程遠い人間だと感じたのではないだろうか。 どちらかというと、『北の国から』の黒板五郎のようなホットな人間だと、自分では思っている。

2024-02-13T08:58:28+09:002024.02.13|
Go to Top