月別アーカイブ:2月 2024

旅とは何か

「観光と旅は違う」 37歳と若くして亡くなった友人の言葉を思い出すことがある。 自分が32歳のとき、旭川市役所の同期入庁のうち15人ほどの仲の良いグループでバリ旅行に行った。彼は28歳、国内のみならず海外も色々なところを旅している人だった。 同期の連中と北海道内を旅行することが多かったが、海外に行ってみようという話になり、海外旅行に旅慣れた彼が世話役となり企画してくれた。 日本は治安も良く、世界一安全な場所だと言われている時代、そのような環境で育ってきた自分たちとっては、海外は油断できない怖いところだという意識が強かった。 同期の中で最年長だった自分も年下の人たちを安全にリードしなければならないという意識から、彼と協力しながらバリを観光して回った。 初めての海外旅行でもあり、楽しかったものの、半分は緊張していた。小銭以外は服の中に着けるベルトに、カメラはたすき掛けにと、用心して街を歩いた。 ホテルのスタッフや観光ガイドと会話することもあったが、現地の住民と話す機会は殆どなかった。 帰りの飛行機の中、大きなトラブルもなく楽しく過ごせたなと、彼と話をしていたところ、「今度は観光ではなく、海外を旅したらいいよ」と彼がポツリと言った。 その時は、何となく「観光と旅は違う」ということが分かったような気がしていたが、明確な違いは分からなかった。 念願だった宿を開業することを彼に報告しようとお墓を訪れたとき、改めてこの言葉を思い出し、その意味を考えた。 人それぞれ、旅行のスタイルは違うし、時と場合によっても違うだろう。また、観光と旅の明確な区切りなどない。 ただ、彼の言っていた旅とは、その土地に訪れ、その土地の人と面と向かって話、その土地の習慣や風土、現状を理解することだろうと思うのである。 旅はその土地を消耗させるのではなく、その土地を理解し、その土地の文化を地元の人々と一緒に守ろうとすることやその気持ちを持つことだと思う。 おそらく、彼の言っていた旅とは、そういうことだろうと理解している。 今日も自宅の窓から、夕陽に照らされた十勝岳連峰を眺めながら、そんなことを思い出した。

2024-03-03T08:47:00+09:002024.02.28|

思い描いた景色との出会い

僕はクールな人間なのか? 『ホームページやブログの写真や文章から、櫻井さんはクール人だと想像していた』と旅行を終え帰宅された女性からのお礼のメッセージの中に、そんなことが書かれていた。 意外な言葉であった。ストイックな奴だと言われたことはあるが、『クール』だと言われたのは、人生でおそらく2回目だ。正確にいうと1回目はクールではなく『冷たい人』と言われたような気がするが。 身近な人は、僕のことを熱く、また、かなり拘りが強く頑固だと言う。 彼女は、お母さんともうすぐ2歳になるお子さんと3人で3泊された。オープンした直後の3年前ぐらいにインスタでシュカブラを見つけ、それから、ブログやインスタの投稿を頻繁に見てくれていたようで、彼女に自分の身の上話や美瑛の出来事を話すと、多くのことを知っていたのである。 『えっ、なんで僕のそんなことまで知ってるの???』と思うことも多くあったが、記憶を辿ると確かに過去にブログに書いた覚えがある。 こんなにまで、隅々まで読んでくれている人はなかなかいない。感激である。 彼女は美瑛に来て、シュカブラに泊まるということの他に、青空や星空をバックにクリスマスツリーの木やセブンスターの木の横の白樺並木などを撮影するほか、ダイヤモンドダストなどの稀に見られる自然現象を見たいとのことで、旅行前からLINEでやり取りし相談に乗っていた。だが、如何せん晴れや星空などは天気次第、僕にはどうしようのないことで、彼女には、どんな天気でも楽しめるようニュートラルな気持ちで来てほしいと話していた。 到着された日、旭川空港にお迎えに行ったが、空も真っ白で、やや吹雪ぎみだ。彼女やお母さんが「空も地面も真っ白っていうのも綺麗ですね」との言葉に少しほっとした。 でも、彼女はやはり青空と星が見たいんだろうなと思いながら、『少しでも晴れ間が覗いてくれたら』と願った。 ときどき日が差し込み青空が見えるが、何となくすっきりしない天気で3日目の夜を迎えた。20時頃は星など全くと言っていいほど見えない曇空である。23時頃になり、雲の切れ間から少しだけ星が見えだした。ダメもとで星を見に行くかと彼女に問うと、「行きたい」との返事が。一か八か行ってみるかと思い、真っ暗な丘を車で走る。よく僕が撮影するセブンスターの木の横の白樺並木が見えるところに着いた。 ほんの10分前、ほとんど雲に覆われていた空は澄み渡り、満天の星空が目の前に広がっていた。 何か所かの撮影ポイントを巡り、最後はクリスマスツリーの木。時刻は午前1時半、静まり返った暗闇、華やかな冬の星座をバックに佇む一本の木。聞こえるのは、キュッキュッという雪を踏みしめる音だけ。気温は氷点下18℃、痛くなる指先でシャッターを切った。 翌朝(その日の朝)、旅行の最終日、氷点下22℃快晴である。いつのも橋の上に行くと、高い確率でダイヤモンドダストが見られるの気象条件が揃っている。 『予定通り、出発する』と彼女にLINEし7時半頃、橋の上に到着。 川霧立つ中、朝日に向かってじっと待つ。キラキラとダイヤモンドダストが少しずつ見えだし、徐々に濃くなると、小さめであるがサンピラーも現れた。 彼女の勝ち、彼女の執念。1シーズンで何回も見られない現象が起こっている。感動する彼女の眼は少し潤んでいるように見えた。(寒さで涙が出たのかもしれないが) 「あれが見たい、こんな写真を撮りたい、撮り直して」と遠慮なく言ってくれる彼女は、僕と親子ほど年が離れている。僕には娘はいないが、娘がいたらこんな感じなのかと、不思議な気分の4日間であった。 彼女とは16時間ほど一緒に昼夜の丘をドライブしながら話をしたが、たぶん僕のことをイメージしていた『クール』とは程遠い人間だと感じたのではないだろうか。 どちらかというと、『北の国から』の黒板五郎のようなホットな人間だと、自分では思っている。

2024-02-13T08:58:28+09:002024.02.13|

誕生日

2月2日、54歳になった。正確に言うと「年齢に関する法律」では前日の2月1日に54歳になっていたのであるが、それはよしとしよう。 今日は、誕生日を祝うような地吹雪である。気温は氷点下10℃ほどで、風があるため体感温度は低いが、息をすると肺が凍りそうな氷点下20℃の晴天の朝ほどではない。 部屋の中は暖かいから、清掃のときは半袖半ズボンだし、自宅兼レセプションの間を行ったり来たりするのも、そのままの恰好だ。 顔や腕、脚にたたきつける雪も気持ちがい良い。 シュカブラの前の通りから、こちらを眺めている観光客は、とても驚いたような表情で僕を見ている。 「大丈夫ですよ、着てますから」というように身振りで挨拶すると、あちらも笑って返してくれる。 還暦まであと6年、30歳になったときに北海道に移住し、元気に動けるのは60歳までで、そのうちの半分を過ぎてしまったと思っていたが、いくつかの稀な病気にかかり、身体に障害も残っている状況を考えると、改めてそれが現実のような気がしてくるのである。 16歳の長男、14歳の次男を見ていると、人生なんてあっという間だから、早くやりたいことを見つけて、それに向かって進めと言いたくなるが、自分の高校生の頃は、好きなテニスと好きな女の子を追いかけているだけで、特に何も目標はなかったなと思い返してしまうのであった。

2024-02-06T16:40:18+09:002024.02.02|
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