月別アーカイブ:5月 2026

ありがとう

今日、何十年も続いた美瑛のお店が一つ幕を下ろす。 自分たちのような事業者にとっても、また一般の生活者にとっても大事なお店であった。 うちの宿は、開業して半年ほど経った5年ほど前からのお付き合いで、宿を廻していく業務のうち欠かせない部分をお願いしていた。 そのお店はご夫婦だけで切り盛りする家族経営の小さなお店。小規模の宿泊関係事業者や、一般の人にとっても家庭でできないことをお願いできる専門の職人さんのお店だ。 自分がこのお店に依頼していた理由、それは職人としての技術ももちろんであるが、拘りをもって仕事をしてくれる姿勢と誠意ある対応であった。 週に数回、店を訪れ業務をお願いする。受付はほぼ奥さんで、数分・数秒ではあるが、毎回、地域のこと、家族のことなどの雑談をするのを楽しみにしていた。 専門的なことを質問すると、職人であるご主人が、その都度、作業場から受付まで出て来て丁寧に説明してくれた。 依頼して仕上がって来たものを持ち帰り、客室の準備段階で開封しセットするとき、ご主人の職人としての拘りと丁寧さが、その一枚一枚から感じられた。 お客さん一人ひとりと会話し丁寧に対応すること、また「もの」や「こと」に魂(思い)を吹き込むこと、そこには見習うべき姿勢があった。 「Face to face」、無機質でなく面と向かって対応すること、何十年も続いたお店には遠く及ばないが、自分たちも「ただ、宿泊者に建物を貸す」ということだけではなく、「美瑛のこと」や自分たちの思いをお客さんに感じ取ってもらえるよう、シュカブラの一つひとつに魂を込め、シュカブラの一つひとつから宿主の思いが感じてもらえるよう努めたい。 お付き合いのあった5年間で、2年前にご主人が腰を痛めたり、昨年は奥さんが病気で入院されたりと、仕事を続けて行くうえで不安を抱えておられた。また、これまでほぼ休みなく働いてきたとのことで、そろそろ自分たちの自由な時間を持ちたいと考えられ、今回の閉店となったようだ。 お店がなくなってしまったことは、自分にとっても、間違いなく他の美瑛町民にとっても、とても残念なことではあるが、今後、お二人が穏やかでありながら、自由な時間を使い旅行などでの新たな発見で時にはワクワクドキドキするような時間を過ごせるよう願う。 何か気の利いたメッセージでも書きたいところではあるが、良い言葉が浮かばない。

2026-05-30T07:40:37+09:002026.05.30|

命をいただく

皆さん、食事のとき「いただきます」と言っていますか? 自分は時々、言い忘れることがある。 自宅で食べるときに言い忘れることは無いが、どちらかというと、外食のときはおしゃべりに夢中になり忘れるときが多いような気がする。 時々飲食店では、目の前に用意された食べ物に向かって、頭を下げながらとても丁寧に「いただきます」と言っている人を見かける。とても育ちが良さそう(人としての教育を受けた人)だ。 幼少の頃、「いただきます」とは、料理を作ってくれた人に言っている言葉なのだと思っていた。 確か小学校1年生の冬だったと思う。「いただきます」と言わなかった自分に対し、父は食べるのをやめるよう言った。 自分は「いただきます」と言い直すと同時に、その言葉が理解できていないのなら口にしても意味がないと思い「いただきます」とはどういう意味で誰に言っているのかと、父に聞いた。 父は「全てのものに言っている言葉だ」と説明した。 『全てのもの』とは何なのか、いまいちピンと来ず、『テレビで西洋人が「天にまします我らが父よ・・・」と言っているように、神に感謝を伝えているのか、でも、日本は仏の文化なのになぁ』となどと、やはり明確に理解できなかった。 自分たちが生きていくために食べているもの、それはほぼ全て有機物である。肉、魚、野菜、言い換えると動物、植物である。さらに言い換えると生物である。 そう、自分たちは自分たちが生きていくうえで、他の生物の成長や命を奪って、自分たちの身や骨、エネルギーにしているのである。 半世紀以上も生きてきて今更だが、『いただきます』という言葉は、料理を作ってくれた人へのお礼もあるが、何よりも命をささげてくれた生物たちへの感謝の言葉であると解釈している。 それなりの学はあるが少し非常識で変わった人である父であるが、あの時は正当なことを言っていたんだと、改めて思った。 食に限らず、人は快適に生きていくために、他の生物を犠牲にすることが多々ある。 家を建てるには木を使うし、服を作るのに動物の皮や綿花などの植物も使う。石油からできているプラスチックや化学繊維も、プランクトンや藻類の死骸が堆積し化学変化し出来たもので生物由来である。食事ではないが、これらもある意味「いただきます」である。 逆に、害虫、雑草、また、人間に襲い掛かろうとする動物やウイルス・細菌など所謂迷惑な対象になり、身の回りから取り除こうとすることもある。これは「ごめんなさい」なのだろう。 自分たちの文化や快適な生活を守るためであり、人間という種(しゅ)が、他の生物を犠牲にし、この地球上で命を繋ぐうえでやむを得ないことであろう。 ただ、必要以上に負荷を掛けてはならない。 地球は、必ずしっぺ返しをする。まさに、今がそうかもしれない。 人類は地球上の1つの存在にしかすぎないから、地球から見れば、人間などちっぽけなもの。 全ての種がいつかは滅亡する。漏れず人類もそうだ。 それを早めてしまうかは、人類自らの行いにかかっていることに疑う余地はない。 自分は育ちが良いわけではないが、無意識に丁寧な「いただきます」が言えるようになりたい。

2026-05-04T19:06:38+09:002026.05.04|
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