先月末、家の電話が鳴った。相手は、何もしゃべらない。今はやりの怪しい詐欺電話のようなものかと思っていたところ、10秒ぐらいして細々とした声で、「剛か?」と聞いてきた。全く誰の声なのか分からず、「誰?詐欺電話?」と聞くと「私や。お母さんや。帯状疱疹で入院してんねん。」と弱った声。
あまりにもかすれた声で聞き取り辛く、母親かどうかも分からないため、実家のある四日市市内に住む妹に確認すると、状況は間違いないとのこと。
先月上旬、妹には母親から弱った声で電話があり、実家に行ってみると、食事も十分に摂れなくなっていた母親と父親が、倒れるように寝転がっていたとのこと。
慌てて2人を別々の病院に入院させたが、ある程度体力的に回復したため、とりあえず、以前から年相応の軽い認知症の症状があった母親を症状が進行しないよう早めに退院させる予定だと、報告を受けた。
そのような状況中での、母親からの電話であったのだ。

そして先月下旬に母親だけ退院したのだが、時すでに遅し、入院中に認知症がかなり進行してしまったようだ。
母親からは、1日に何回も同じ内容の電話がかかってくる。
そして、今月8日、急遽、旭川空港から羽田空港、東京から新幹線で名古屋、そして四日市へと2年ぶりに帰省、4日間滞在した。
10日に介護保険の認定調査を受けたが、多くの老人がそのような傾向があるらしいが、調査の時だけは「大丈夫、何でも分かる」と気丈にふるまうらしく、母親も同様であった。自分の老いを公には認めたくないのだろう。
妹に詳しい状況を聞くと、父親は認知症の症状が軽いものの、脊柱管狭窄症が悪化し歩行が困難なようで、未だ入院中であるとのこと。
とりあえず、短時間でできる生命保険や入院費用の確認、必要な役所への手続き等を済ませた。
役所への手続きなどは複雑ではあるが、こういう時は、自分の役人経験が生かされる時だ。窓口での説明は説明される前から、ある程度分かっている。
ひと段落は付いていないが、とりあえず妹に任せ、行きと同じ経路で美瑛に戻った。
まだまだ対応の道半ば、今後のための様々な準備や手続きため、今月下旬から来月上旬まで今度は自家用車をフェリーに乗せて再度帰省する。
たまたま、宿の休業期間と重なる部分が多かったため、身動きが取れた。
勉学が得意でスポーツ万能だった父、明るく社交的すぎるぐらいの母、子供にとっては、このイメージが強すぎて、今の状況がなかなか受け入れられない。
「老い」それは誰にでもやって来る。
頭では理解できているが、それを心から理解できるのは、2人が亡くなった時なのかもしれない。

もともと、3月中旬から4月上旬の休業期間中には、東京の下町と東北をブラブラする予定であったが、計画は崩れ去った。
帰り道、東京の下町ぐらいは立ち寄れるような気がするが。
さて、この先どうなることやら。