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シュカブラは、広大な農地に囲まれている。毎年、その畑では作物として蕎麦が作られている。 今年も本格的に畑起こしと播種が始まった。 部屋からは、目の前を人の身長をはるかに超える巨大なタイヤのトラクターが行きかうのを見ることができる。 トラクターを運転操作している農家さんは真剣な表情で前方と後方を何度も確認しながら、うねうねの丘を綺麗に起こしていく。 十勝のような平坦な土地ではなく丘が連なる美瑛は、トラクターの操作がとても難しい。横に傾きながら真っすぐに畑を起こすのは、豊富な経験と技術が必要だ。 シュカブラの庭にも800坪ぐらいの範囲にアンジェリアなどの花の種を撒く。庭を放置しておくと、たちまち雑草だらけになるからだ。 土起こし、種まきのタイミングは、気温や雨の予報を見ながら思案するのだが、天気予報を見て自分なりに判断するよりも、周りの農家さんの作業の様子を見ながら、それに足並みを合わせて作業を進める方が確実だ。 美瑛は天気予報が当たりづらいからか、農家さんの経験則の方が上回る。 自分で判断して種まきした年は、撒く時期が早すぎて、寒さで成長しなかったりしたが、農家さんの真似をして時期を定めると、綺麗な花をつけてくれる。 庭の畑起こしはトラクターで行うが、種まきは手作業。近所の農家さんが昔使っていたという種まきの道具を借り、ゆっくりゆっくり種を撒く。 丁寧にまんべんなく撒いたつもりでも、実際花が咲いてみると、密集したところや薄いところができていて、近所の農家さんには「ふふふ」と笑われる。 やはりプロにはかなわない。 6月中旬にはシュカブラの庭はアンジェリアの薄紫の花が咲き乱れ、7月にはシュカブラの周りの何ヘクタールもの広大な農地は、白い小さな蕎麦の花で埋め尽くされるだろう。 シュカブラの庭に立つ白樺の木陰から、十勝岳連峰をバックに一面の白い蕎麦畑を見られる日が来るのが待ち遠しい。

2024-05-16T19:13:35+09:002024.05.16|

春の美瑛

5月になった。GWの真っただ中、美瑛の桜は今が満開だ。 とはいっても、最低気温は0℃近くになることもある。 広大な農地の秋まき小麦は、雪解けとともにぐんぐん成長し、濃い緑の絨毯のようだ。徐々に樹々は芽吹き始め、新緑を覗かせている。 この時期に困ったことがある。白樺の花粉によるアレルギーだ。 薪割や草刈などの作業をしていると、目は痒いし、鼻が詰まる。 本州にいた頃は、スギやヒノキの花粉には全く反応しなかったが、北海道に移住して5年ぐらいたったころから、この時期になるとこのような症状が出る。 白樺というと、本州の人には人気の木で、僕も白い幹を見るのは好きだ。 ただ実は、道産子にはあまりにも普通に生えている木で、特に好きだという人はあまりいない。それどころか農家さんの多くは、畑の脇などに生え、成長も早く、トラクターでの作業の邪魔になるため迷惑な木だという。 でも、この時期の白樺は、小さな芽を出し、それが日に日に開き始め、黄緑色の綺麗な葉を沢山付ける。この薄い黄緑色と真っ白な幹は、ずーっと見ていても飽きない。 故・前田真三氏の写真ギャラリー「拓真館」の敷地にある白樺の回廊を歩くのは良い。美しい写真を見て、鼻がムズムズしながらでも回廊を歩き、同じ敷地内にあるSSAWというカフェで一息つく。 6月中旬から8月の美瑛は、花畑を見ようと沢山の観光客が押し寄せ、有名スポットは人だらけ車だらけになる。花畑はあくまでも観光客向けに造られたもの、本来の美瑛の姿ではないと思う。農家さんが農作物を作る過程で出来るパッチワークのような農業景観が本来の美瑛である。5月は人が少なく、そんなの美瑛を静かに見ることの出来るお勧めの季節だ。 折角、都会から来るなら、人混みでごった返す時期ではなく、静かな時期に来てほしいと思うのである。

2024-05-01T20:49:50+09:002024.05.01|

旅から生まれるもの

3月25日に出発した旅を終え、4月8日に美瑛に帰ってきた。 苫小牧港から仙台に寄港し、名古屋港から上陸。鳥取県の智頭町や米子市、京都府の伊根町、大阪市、亀岡市、京都市、大津市、津市、四日市市から琵琶湖の横をすり抜け、日本海側に出て、新潟市まで北上、東北地方を横切り仙台港から苫小牧港へ、車での走行距離は2,700㎞。 途中、一時的に家族(妻・長男・次男)と合流したが、ほぼ一人旅だった。 旅の目的の一つは、米子に住む102歳になる父方の祖母に会うこと。祖母は足腰が弱って歩行器での移動だが、相変わらず頭の回転は速かった。 もう一つの目的は、オーバーツーリズムの現状視察であるが、一つが伊根町。 こちらは、京都府の北部、日本海側にある町である。近くには、昔から観応地として有名な天橋立がある。 伊根は漁師町で湾に面する海岸の際に270件の舟屋が立ち並び、日本の原風景が残る場所である。 数年前までは天橋立などに比べ、それほど観光客も訪れない場所であったが、この風景が有名になり、近年、特に外国人観光客が急増したようである。伊根町の人口は2,000人程度であるが、そこに年間何十万人という人が訪れている。それとともに、私有地への立ち入りや、駐車場の問題などが発生して、伊根町観光協会のHPを覗くと「伊根は観光地ではありません」と謳っている始末である。観光協会の人に話を聞いたが、皆さんには伊根に来て楽しんでいただきたいが、一部のマナーの悪い人たちのせいで、住民が安心して暮らせないことと、善良な観光客にも悪影響があるなどのことから、このように言わざるを得ないとこのことで、大変苦慮されている様子が伺えた。 丁度、桜の開花時期で日中は車や人が多く、また、私有地への立ち入りなどマナー違反も見受けられた。 田舎でこのような状況というところが、美瑛の状況と類似している。ただ、美瑛の方が、より深刻な状況であるように感じた。 その他、大学生の頃に住んでいた大阪や京都、また、20代の頃勤めていた三重県庁にも立ち寄った。何か人生をなぞっているような不思議な感覚になってきた部分があった。 旅をすると発見できるものがある。特に長期での一人旅はそうである。 今の仕事も27歳のときに初めて北海道に訪れたことがきっかけだ。宿をやるという夢を持ち、それを達成した。 今回の旅で見つけたこと。それは、60歳で自伝的小説を書くことだ。2歳年下の従妹が作家をしており3年前に自伝的小説を書いてそれなりの反響があった。そのせいで、懇意にしていた新聞社とは関係が断絶するというマイナスもあったようであるが、僕が書いたところで大した影響はなく、ましてや読んでくれる人も近親者だけかもしれない。 ただ、人生を振り返り、自分の気持ちを整理するという意味では、良いのではないだろうか。それを書くことにより、人生の終盤に向けた新たな目標が見つかるかもしれない。 旅先では、これまでシュカブラに来てくれた方の住む町やその近くを通ると、「元気ですか」と声を掛けたくなった。旅行中、毎日2回程度、インスタのストーリーズに旅の様子を投稿していたが、何人かそういった方からメッセージをいただくことがあり、旅をさらに楽しいものにしてくれた。タイミングが合えば、お茶でもしたい。 この場を借りて、メッセージへのお礼を申し上げる。ありがとう。 帰ってから4日経った。4月16日までは休業中であるが、夏に向けた準備を急ピッチで進めている。トラクターやチェーンソー・草刈機の整備、薪の移動などなど、山ほどある。1日に1回は写真を撮る。やはり、美瑛の景色を撮ると心が落ち着く。 この時期、シベリアに帰るため、一時的に美瑛に滞在する白鳥などの渡り鳥がシュカブラ上空を行きかう姿を見ながら、仕事と趣味の区別がないようなことを、一つひとつこなしていくこととしよう。

2024-04-12T09:40:02+09:002024.04.12|

リセットの旅

明日から旅に出る。 毎年、この時期には鳥取に住む祖母に会いに行くのである。今年で102歳になった祖母は、サービス付き高齢者住宅に入居しているが、歩行器を使えば自力で歩くことができ、耳は遠いものの、なんといっても認知機能の衰えが感じられない。 毎朝、新聞を読み、自分より若い人達(80歳代が多い)に、その内容をかみ砕いて分かりやすく説明するのだと施設の方が教えてくれる。 まだまだ、好奇心も旺盛で新しいものを見つけると、「私はもう年だから」と言いつつも、手に取って眺めたり、興味深そうに話を聞くのである。 90歳を超えてから、骨折を2回、100歳でコロナに感染、これらを見事に乗り越えた。本人としては、戦時中のことを思えば、大したことはないというような感じだ。 自分はそこまでにはなれないと思うが、常にプラス思考、前向きな気持ちになれればと思うのである。 1年に一度の「喝」を入れてもらってくる。 旅のもう一つの目的は、他地域のオーバーツーリズムの現状と、先進的な取り組みを自分の目で確かめてくるということ。 前回のブログにも書いたが、美瑛はオーバーツーリズムで問題が多発している。 大阪や京都の街中とは違った本州の田舎でのこのような問題に対する取り組みを視察し、今後の美瑛の観光のあり方を地域の人々と考える上での材料としたい。 今回は途中で家族と一時的に合流するものの、ほぼ一人旅である。 今まだ、真っ白なシュカブラの庭は、帰宅する4月10日頃にはほとんどなくなっているだろう。

2024-03-24T15:45:08+09:002024.03.24|

オーバーツーリズム(正しい旅とは)

全国各地で「オーバーツーリズム」が問題になっている。京都をはじめ広島の宮島や岐阜の白川郷、鎌倉などが有名であるが、美瑛も同様である。 京都では観光客が増えすぎて、路線バスに地元の人が乗車できないことや、鎌倉では江ノ電の線路に進入する者があり運行に支障をきたすなど、また、各地で民家への無断立入があるようである。 美瑛も同様に色々な弊害があり、コロナ明け以降、それがさらに激しくなってきている。 美瑛の特徴としては、一番に農地への立ち入りがある。10年前には「立入禁止」の看板はあまり見かけなかったが、最近はいたる所にこれが立っているのである。 この時期、農地である丘は積雪で真っ白だ。確かに看板がないところは、空き地だと思って進入してしまうこともあるかもしれない。ただ、看板がいくつもあるにもかかわらず、また、ロープが張ってあるにもかかわらず、立ち入る観光客が後を絶たない。 町役場や観光協会、また、土地の所有者等も様々な対策を講じているものの、いたちごっこになっている。対策を講じるにも多大な経費が必要になり、財源確保もままならないところである。 東京などでは数年前から宿泊税が導入され、観光関連事業に充てられているが、北海道でも宿泊税の導入が検討されている。 観光する側にも、地域を守るためにある程度の負担をお願いすることは、やむを得ないことだと思うし、自分が宿泊税のかかる地域を旅行した時は、その土地・風土の保全のために活用しほしいと納得して支払う。 ただ、美瑛の実情としては、この土地を訪れる観光客の9割が日帰り客である。農地や民家の庭に立ち入り、街にゴミや吸い殻をポイ捨てし、大きな声で騒ぎ、車が来ているにもかかわらず車道の真ん中で三脚を立て写真を撮っている、その多くが札幌や旭川等に宿泊している日帰り客のようだ。北海道の宿泊税が導入されても美瑛に宿泊していないのだから税がかからないのである。 美瑛は広く面積は東京23区と同じだけある。町内への道路も沢山ある。このため、日帰り客から美瑛に入る際に「入域税」を徴収することは困難であるが、何らかの方法で日帰り客にも一定程度の負担を求めるべきであると思う。 この夏は、これまで以上に美瑛への観光客が増えると予想される。一部の心無い観光客のせいで、地元住民の生活や、善良な観光客の楽しみを壊されるのは許しがたいことである。このままでは、近い将来この美しい美瑛の風景や風土は失われるだろう。 観光業に携わる者の責務として、この問題は放ってはおけないし、そのような悪質な行為を見て見ぬふりは出来ない。 「見たい」「知りたい」「移動したい」という衝動は、人間の持つ本能らしい。人類の祖先がアフリカで誕生し、世界中に広まったのが何よりの証拠だ。人が旅をするのは、それは植え付けられている遺伝子だ。 多くの人が見たことのないような風景を求めて美瑛にやって来る。 訪れる人には美瑛を見て美しいと感じると同時に、これを作り出しているのは自然と調和しこの地で生きてきた人々の営みがあるからであることを理解し、一緒にこの風土を守りたいと感じてほしい。それが、旅をする人にとって大切なことだと思うし、自分もそれを深く感じながら旅をしたい。

2024-03-12T17:07:51+09:002024.03.12|

旅とは何か

「観光と旅は違う」 37歳と若くして亡くなった友人の言葉を思い出すことがある。 自分が32歳のとき、旭川市役所の同期入庁のうち15人ほどの仲の良いグループでバリ旅行に行った。彼は28歳、国内のみならず海外も色々なところを旅している人だった。 同期の連中と北海道内を旅行することが多かったが、海外に行ってみようという話になり、海外旅行に旅慣れた彼が世話役となり企画してくれた。 日本は治安も良く、世界一安全な場所だと言われている時代、そのような環境で育ってきた自分たちとっては、海外は油断できない怖いところだという意識が強かった。 同期の中で最年長だった自分も年下の人たちを安全にリードしなければならないという意識から、彼と協力しながらバリを観光して回った。 初めての海外旅行でもあり、楽しかったものの、半分は緊張していた。小銭以外は服の中に着けるベルトに、カメラはたすき掛けにと、用心して街を歩いた。 ホテルのスタッフや観光ガイドと会話することもあったが、現地の住民と話す機会は殆どなかった。 帰りの飛行機の中、大きなトラブルもなく楽しく過ごせたなと、彼と話をしていたところ、「今度は観光ではなく、海外を旅したらいいよ」と彼がポツリと言った。 その時は、何となく「観光と旅は違う」ということが分かったような気がしていたが、明確な違いは分からなかった。 念願だった宿を開業することを彼に報告しようとお墓を訪れたとき、改めてこの言葉を思い出し、その意味を考えた。 人それぞれ、旅行のスタイルは違うし、時と場合によっても違うだろう。また、観光と旅の明確な区切りなどない。 ただ、彼の言っていた旅とは、その土地に訪れ、その土地の人と面と向かって話、その土地の習慣や風土、現状を理解することだろうと思うのである。 旅はその土地を消耗させるのではなく、その土地を理解し、その土地の文化を地元の人々と一緒に守ろうとすることやその気持ちを持つことだと思う。 おそらく、彼の言っていた旅とは、そういうことだろうと理解している。 今日も自宅の窓から、夕陽に照らされた十勝岳連峰を眺めながら、そんなことを思い出した。

2024-03-03T08:47:00+09:002024.02.28|

思い描いた景色との出会い

僕はクールな人間なのか? 『ホームページやブログの写真や文章から、櫻井さんはクール人だと想像していた』と旅行を終え帰宅された女性からのお礼のメッセージの中に、そんなことが書かれていた。 意外な言葉であった。ストイックな奴だと言われたことはあるが、『クール』だと言われたのは、人生でおそらく2回目だ。正確にいうと1回目はクールではなく『冷たい人』と言われたような気がするが。 身近な人は、僕のことを熱く、また、かなり拘りが強く頑固だと言う。 彼女は、お母さんともうすぐ2歳になるお子さんと3人で3泊された。オープンした直後の3年前ぐらいにインスタでシュカブラを見つけ、それから、ブログやインスタの投稿を頻繁に見てくれていたようで、彼女に自分の身の上話や美瑛の出来事を話すと、多くのことを知っていたのである。 『えっ、なんで僕のそんなことまで知ってるの???』と思うことも多くあったが、記憶を辿ると確かに過去にブログに書いた覚えがある。 こんなにまで、隅々まで読んでくれている人はなかなかいない。感激である。 彼女は美瑛に来て、シュカブラに泊まるということの他に、青空や星空をバックにクリスマスツリーの木やセブンスターの木の横の白樺並木などを撮影するほか、ダイヤモンドダストなどの稀に見られる自然現象を見たいとのことで、旅行前からLINEでやり取りし相談に乗っていた。だが、如何せん晴れや星空などは天気次第、僕にはどうしようのないことで、彼女には、どんな天気でも楽しめるようニュートラルな気持ちで来てほしいと話していた。 到着された日、旭川空港にお迎えに行ったが、空も真っ白で、やや吹雪ぎみだ。彼女やお母さんが「空も地面も真っ白っていうのも綺麗ですね」との言葉に少しほっとした。 でも、彼女はやはり青空と星が見たいんだろうなと思いながら、『少しでも晴れ間が覗いてくれたら』と願った。 ときどき日が差し込み青空が見えるが、何となくすっきりしない天気で3日目の夜を迎えた。20時頃は星など全くと言っていいほど見えない曇空である。23時頃になり、雲の切れ間から少しだけ星が見えだした。ダメもとで星を見に行くかと彼女に問うと、「行きたい」との返事が。一か八か行ってみるかと思い、真っ暗な丘を車で走る。よく僕が撮影するセブンスターの木の横の白樺並木が見えるところに着いた。 ほんの10分前、ほとんど雲に覆われていた空は澄み渡り、満天の星空が目の前に広がっていた。 何か所かの撮影ポイントを巡り、最後はクリスマスツリーの木。時刻は午前1時半、静まり返った暗闇、華やかな冬の星座をバックに佇む一本の木。聞こえるのは、キュッキュッという雪を踏みしめる音だけ。気温は氷点下18℃、痛くなる指先でシャッターを切った。 翌朝(その日の朝)、旅行の最終日、氷点下22℃快晴である。いつのも橋の上に行くと、高い確率でダイヤモンドダストが見られるの気象条件が揃っている。 『予定通り、出発する』と彼女にLINEし7時半頃、橋の上に到着。 川霧立つ中、朝日に向かってじっと待つ。キラキラとダイヤモンドダストが少しずつ見えだし、徐々に濃くなると、小さめであるがサンピラーも現れた。 彼女の勝ち、彼女の執念。1シーズンで何回も見られない現象が起こっている。感動する彼女の眼は少し潤んでいるように見えた。(寒さで涙が出たのかもしれないが) 「あれが見たい、こんな写真を撮りたい、撮り直して」と遠慮なく言ってくれる彼女は、僕と親子ほど年が離れている。僕には娘はいないが、娘がいたらこんな感じなのかと、不思議な気分の4日間であった。 彼女とは16時間ほど一緒に昼夜の丘をドライブしながら話をしたが、たぶん僕のことをイメージしていた『クール』とは程遠い人間だと感じたのではないだろうか。 どちらかというと、『北の国から』の黒板五郎のようなホットな人間だと、自分では思っている。

2024-02-13T08:58:28+09:002024.02.13|

誕生日

2月2日、54歳になった。正確に言うと「年齢に関する法律」では前日の2月1日に54歳になっていたのであるが、それはよしとしよう。 今日は、誕生日を祝うような地吹雪である。気温は氷点下10℃ほどで、風があるため体感温度は低いが、息をすると肺が凍りそうな氷点下20℃の晴天の朝ほどではない。 部屋の中は暖かいから、清掃のときは半袖半ズボンだし、自宅兼レセプションの間を行ったり来たりするのも、そのままの恰好だ。 顔や腕、脚にたたきつける雪も気持ちがい良い。 シュカブラの前の通りから、こちらを眺めている観光客は、とても驚いたような表情で僕を見ている。 「大丈夫ですよ、着てますから」というように身振りで挨拶すると、あちらも笑って返してくれる。 還暦まであと6年、30歳になったときに北海道に移住し、元気に動けるのは60歳までで、そのうちの半分を過ぎてしまったと思っていたが、いくつかの稀な病気にかかり、身体に障害も残っている状況を考えると、改めてそれが現実のような気がしてくるのである。 16歳の長男、14歳の次男を見ていると、人生なんてあっという間だから、早くやりたいことを見つけて、それに向かって進めと言いたくなるが、自分の高校生の頃は、好きなテニスと好きな女の子を追いかけているだけで、特に何も目標はなかったなと思い返してしまうのであった。

2024-02-06T16:40:18+09:002024.02.02|

やはり東京は寒かった

先週は所用で次男と東京方面に行ってきた。 1月の東京が寒いのは知っている。もちろん、気温自体は美瑛より高いが、何か質の違う嫌な寒さだ。 半袖のインナーシャツに長袖Tシャツ、ダウンジャケットという服装で、ほぼ美瑛にいる時と同じ格好だ。 羽田に着き空港内を歩く。流石に屋内はダウンを着ていると少し暑く感じられる。 地下鉄に乗り、目的地に着き屋外に出る。 今日は暖かい日のようだ。「ダウンジャケットまでは要らなかったかな」と思った。 羽田に着いてから、2時間ほど経過したころだろうか、喉がイガイガしだした。『風邪でもひいてしまったのだろうか』と思い咳払いをすると、隣の次男も咳払いをしている。 次男と顔を見合わせ、「んっ、空気が汚い」「風邪じゃないな、たぶん」 お客さんが美瑛に来たときに、よく言っている。「空気が美味しい」と。そういうことか。 羽田空港を出発し、横浜に立ち寄り、新橋のホテルまで、道のりの殆どが地下道やビル、電車の中で、地上を歩くことが殆どなかった。地上に出てもビルに囲まれ空があまり見えないため、天気の移り変わりが分からない。お客さんが言っていた「通勤で空を見ることがない、外を歩くのは1分程度」と。こういうことか。 夕食を摂るため、ホテルから有楽町まで外を歩いた。「寒っ!」気温は8℃、ダウンも着ている。やはり、北海道の寒さとは質の違う寒さが背中をゾクゾクさせる。カイロを貼っておけばよかったと後悔する。 お店に入っても、まだ寒い。窓が1重サッシで冷気が入って来る。ダウンは脱げない。 外を見るとテラス席があり、そこで食事をしている人もいる。『都会の人は寒さに強いな』と感心する。 3日間滞在し、羽田を飛び立つ前の気温は7℃、寒い。 離陸すると、夕焼けに浮かぶ富士山のシルエットが綺麗だ。 それにしても、東京から2時間弱で別世界の北海道に着くなんて便利だ。 旭川空港に到着。気温はマイナス5℃、暖かく感じた。この気温なら半袖のインナーシャツに長袖Tシャツ、ダウンジャケットで十分だ。 昨日の朝は、マイナス22℃。凍れる寒さだ。晴れ、無風。ダイヤモンドダストの発生する可能性が高い。 いつもの橋の上まで車を走らせた。橋の上で1時間ほどダイヤモンドダストを待つ間、雪面にできる青い影を撮影する。手足の指が痛い。膝がきしむ。でも、いやな寒さではない。

2024-01-17T08:15:16+09:002024.01.17|

ダイヤモンドダストとサンピラーで迎える元日

年末は雪と曇りの日が続きましたが、元日の朝は快晴でスタートだ。 明日はダイヤモンドダストが見られるだろうと期待して眠りについたのだが、今日は日の出前の5時半に目が覚めた。 ダイヤモンドダストは、快晴で氷点下15℃以下、太陽が昇って30分後ぐらいが見られる確率が高い。 日の出前から車を走らせ、先ずは、自宅から西の方向に走り朝焼けを撮る。 次はダイヤモンドダストを狙うため、いつもの橋の上に向かった。 写真を趣味にする人は、同じことを考えるものである。近所に住む写真を趣味にしている60歳代の女性の友人が、自宅敷地から出ようとしたところを雪の吹き溜まりにタイヤがはまり、一生懸命スコップで掘り起こしている。 車を停め「〇〇さん、僕の車で引っ張りましょうか」と声をかけたが、「もうじき、脱出できるから大丈夫。櫻井さん、何処に行くの?」 この天気でこの時間帯、写真家にとっての『何処に行く』は、何を言わずとも『何処に何を撮りに行くか』だ。 「橋」と答えると、「後で行くから」と。 『本当に車は抜け出せるのだろうか』と気になりながらも、目的地の橋に着いた。丁度、朝日が昇って来るところ、初日の出を見ようと、橋の上には10人ほどの観光客らしき人たちがいた。 『この人たち、初日の出を見たら宿に戻ってしまうんだろうな。その後に起こる凄い現象を見ないまま』と思いながら、日の出の写真を撮らないで、ダイヤモンドダストが綺麗に撮れそうなポイントを探し橋の上を行ったり来たりしていると、一人で来ていた女性が僕のことを不思議そうに見る。 『多分、この人も日の出を見て帰ってしまうんだろうな。ダイヤモンドダストが出るかもしれないことを教えてあげようかな』と思ったが、変なおじさんと思われかねないので、声を掛けなかった。 案の定、ほとんどの人が日の出を撮り終えいなくなり、残っているのは地元の数名だけになった。 少しずつダイヤモンドダストが見え始めたころ、無事に脱出できた友人が到着した。 「さっきまで、沢山の人がいたんですけど、みんなダイヤを見ないで帰ってしまって」 「あら」 今日はダイヤモンドダストからサンピラーに変わる凄まじい現象が見られた。 変なおじさんだと思われても、声を掛けておくべきだったと後悔した。

2024-01-02T09:41:25+09:002024.01.01|
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