先日、60歳代のご夫婦がお越しになられた。
駐車スペースに停まった車の助手席から降りてこられた奥さんは、どうも脚が少し不自由なようだ。脚自体に怪我などがあるわけではなく、神経的な障害だろうと察しがついた。
自分も脊髄梗塞の後遺症で下半身に神経障害があるため何となく分かった。
少し庭を案内し建物に入ると、奥さんが自らの病気のことを話してくれた。自分と同じ梗塞ではないが数年前に脊髄の病気を患い、後遺症で痺れや痛み、感覚障害があるとのこと。
シュカブラのHPのプロフィールに自分の障害のことを書いているが、それを読んでくれていたようで、僕の障害のことをご存知だった。

翌日、ご主人と奥さんと自分の3人で美瑛の丘を3時間程ドライブし、美瑛のことや日々のこと、病気のことなど、色々な話をした。
話の中で、日常生活に大きな支障が生じる結果となり、病気の発症当時は大きなショックを受け、落胆の日々が続いたと、奥さんは語られた。
『分かる!』自分も発症から2ヶ月ほどは、何度、『病院の窓から・・・』と思ったことか。実際には、病院の窓は開かないようになっているのだが。
発症当初の落胆と、状況を受け入れ前に進もうと気持ちが変化していったこと、今もなお身体的な不自由、痛みや痺れなどの苦痛が続いていること、同じような病気を抱えている者同士しか分からないと頷いた。
ご夫婦は、以前から旅行が好きだとのことで、これまでに30回以上も北海道を訪れたらしい。
しかし、奥さんの発症後は障害のため長時間の公共交通機関での移動や長期滞在に不安があり、旅行する機会が減ったが、徐々に遠い所、徐々に泊数を増やすなどに挑戦されているとのこと。
今回は、病気発症後としては初めての3泊旅行だそうだ。

自分が宿を始めた理由、それは北海道に移住し体験してきたこの地の素晴らしさをできるだけ多くの人に伝えること、そして障害の程度は様々であるが、自分と同じような『苦』を抱えてしまった人たちに「前向きに生きて行こう」というメッセージを届けたいということ。
奥さんの頑張って歩く姿は、同志であるように感じた。

最終日の朝、シュカブラの庭を楽しそうに散歩する奥さんの鼻歌が秋の澄んだ空気を通り抜け、カーポートで車を整備していた僕の耳に心地よく届いた。