3月になった。
毎シーズン、氷点下20℃を下回る日が少なくても3回はあるが、今シーズンの美瑛は、それがない。
おそらく、このまま春を迎えるのであろう。

3月といえば、卒業シーズンである。
うちには長男と次男の2人の男子がいる。
長男は高校3年生で、3月1日に卒業式があり、妻とともに参列してきた。
僕たちが子供だった頃、高校の卒業式に親が沢山出席していたような記憶はないが、両親ともに参列している家庭も多く、体育館には生徒より保護者の数の方が多い状態だった。

8年前、次男が保育園を卒園する際、僕は「父母の会の代表」をしていた関係で、卒園式での謝辞の大役を仰せつかった。
大変な役を引き受けてしまったと思いながらも、本番で支離滅裂なことを言わないよう、ちゃんと書面にして準備をしていた。
ありきたりな文章にせず、聞いている保護者や先生や来賓などが退屈しないよう、また、自分色を出そうと考え、何度か書き直し、本番に挑んだ。
登壇し、緊張はなかったものの、手にしたものを一行読んだとき、それは起こった。
目頭が熱くなり手元の字が見え辛く、声が震え発声がうまくできない。
涙を溢さぬよう、少し上を向きながら、眼球は下の紙を見るような状態。
読み進めながら、「いやー、自分の書いた文章で感動して涙を流しているなんて、恥ずかしいなぁ」と少し冷静さを取り戻すと、すすり泣く声が、会場のあちこちから聞こえる。保護者はおろか来賓の町長や町議会議員までが眼鏡を取り、涙を拭っている。
「退屈させなくて良かった。」と安心し最後まで読み終え、降壇し保護者席に向かうと、保護者から「あれはまずいわ。涙が止まらん。」と言われた。
自席につくと妻からひと言「自分の書いた文章で、なに泣いてるの」と笑われたが、妻の目も真っ赤だった。

今回の長男の卒業式でも、生徒たちは比較的冷静だが、何人かの保護者は我が子の成長に感動し、涙を流していた。卒業式とは、保護者のためのものなのかもしれない。

長男とは生まれてから1年365日を一緒に過ごし、18年間で約6,500日、ほぼ毎日顔を合わせてきて、それが当たり前のようになっていたが、今月末には、進学で家を出ていく。同じ、北海道内の大学ではあるが、1年で会える回数も5回程度あるかないか、これから先4年間でも20回ぐらいだろう。
このブログを書きながら、そんなことを考えると、画面が滲んで見え辛くなるのである。